インタビュー
» 2012年09月27日 11時00分 UPDATE

「プロゲーマーという職業に希望を」――格闘ゲーマー・梅原大吾氏の挑戦 (1/5)

対戦型格闘ゲームの世界的なプレイヤーとして知られる梅原大吾氏。そのカリスマ性に注目したゲーム周辺機器メーカーのマッドキャッツが2010年にスポンサーとなった。マッドキャッツはプロゲーマーに何を期待しているのか、また梅原氏はプロゲーマーとしてどのような思いで活動しているのかを尋ねた。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 プレイヤーとコンピュータ、またはプレイヤー同士が操作するキャラクターが1対1で戦う対戦型格闘ゲーム。1991年に『ストリートファイターII』(カプコン)が登場したことによって全国的なブームとなり、大会も多く開かれるようになった。

 そんな格闘ゲーム界で、1990年代後半から数多くの大会を勝ち抜いてきたのが梅原大吾氏(31)だ。日本の「闘劇」や米国の「Evolution」といった両国を代表する大会に出場し複数のゲームで優勝、Evolution(『ストリートファイターIV』部門)では2009年、2010年と連覇を果たしている。2010年には「世界一長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」とギネスブックが認定。2012年4月にはその足跡などを記した『勝ち続ける意志力』を小学館から出版、現在までに3万部を販売している。

 そんな梅原氏を2010年からスポンサーとしてサポートしているのが、米国のゲーム周辺機器メーカーMad Catz(マッドキャッツ)だ。マッドキャッツはスポンサーとしてプロゲーマーに何を期待しているのか、また梅原氏はプロゲーマーとしてどのような思いで活動しているのか。東京ゲームショウ2012で、梅原氏とマッドキャッツのプロモーション担当であるマーク・フリオ氏に尋ねた。

ah_ume1.jpg 梅原大吾氏(左)とマーク・フリオ氏(右)

強いゲーマーは影響力を持っている

――マッドキャッツがプロゲーマーをプロモーションに活用し始めたのはいつごろのことですか。

マーク 2010年4月からです。

 2009年に米国の大きなゲーム大会である「Evolution」(『ストリートファイターIV』部門)で梅原が優勝したのを見て、それと同時に考え始めました。1人のゲーマーだけではなく、多くのゲーマーのスポンサーをして、チームでやれればと思っていました。

 梅原とスポンサー契約するに当たっては、マッドキャッツの製品をプロモーションしてもらうだけでなく、どういう製品がいいとかフィードバックをもらえるような、インタラクティブ(双方向)な関係になることを目的にしていました。

――プロゲーマーを使ったプロモーションというよりは、梅原さんありきのプロモーションのような感じなのでしょうか。

マーク 梅原のことは、Evolutionで活躍する前からいろんなイベントで勝っていたので知っていました。基本的には梅原が強いというのがあって、そこから考え始めました。そういう強いゲーマーというのは影響力を持っていて、それが有効に使えるということで、梅原ありきということですね。

梅原 プロゲーマーは日本以外では結構いたんですね。ジャンルは格闘ゲームだけではなく、FPS※の方が早く始まっていて、当時、世界中ですでに3ケタはいたかもしれないですね。

※FPS……ファーストパーソン・シューティングゲーム。主人公の一人称視点でゲーム中の世界を移動し、武器などを用いて戦うアクションゲームのこと。

 米国では格闘ゲームのプロゲーマーも数人いました。日本より早くからいたのですが、日本で最初にプロゲーマーと名乗ったというか、はたからみて「あれはプロと呼べるだろう」というのは僕が第1号ですね。

――日本で初めてスポンサーがついたゲーマーという位置付けでしょうか。

梅原 そうですね。

――梅原さんがマッドキャッツのオファーを受けたのはなぜですか。

梅原 拘束が厳しいとか、特にマイナスになるようなことがなかったからです。「君がゲームをこれからも真剣に取り組むための協力をするよ」というスタンスだったので、「それだったら断る理由はないな」と思って受けましたね。

――どういう契約なのでしょうか。

梅原 契約内容はあまり言えないのですが、言える範囲で言えば、マッドキャッツのTシャツを着て、大会やイベントに出て、その報酬としてギャラをいただくという形ですね。また、大会にマッドキャッツのレバー(コントローラー)を使って、出場したりということです。

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