内容が良いだけじゃダメ、出版界が模索する販促方法とはビジネスノベル新世紀(4/4 ページ)

» 2012年09月17日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3|4       

新しい出版ルール?

 マンガと文庫本が堅調となっている背景に、イラストと合わせてどうも暗黙のビジネスルールとなってきているのではないかという法則が見て取れます。

 3年練った大作よりも、そこそこの品質で2カ月ペースでの刊行作が強い、という傾向です。音楽業界でも伸び盛りのアーティストが○カ月連続リリースという企画を打ち出したりしますが、店頭チャネルを経由する商材の場合、店頭にモノが置いてあること自体がプロモーション効果を生みます。つまり、間断なく新作を投入できていると認知のサイクルが途切れずにユーザーの目にも記憶にもとどまりやすくなるというものです。

 もちろん、売れる保証のない書き手がやるとリスクが高まる手法であること、そもそもそのペースで書けることが必要なので、できる人自体も限られます。適度に売れて、かつ筆が早いという書き手はそう多くありません。2011年の作家別の部数ランキングを見ると、西尾維新、有川浩、エッセイも含めると曽野綾子あたりが該当するケースとなります。その他、中堅どころの作家でも、刊行ペースが安定することで売り上げが高め推移で安定したという事例はしばしば見かけます。

 ビジネス書で一時期近い状態を作れていたのが勝間和代氏でしょうか。エキセントリックなタイトル付けやテーマ選定から一作ごとの話題性にもこと欠かなかったですが、次から次へと新作が発表され、「勝間さんの本を読み終えてまた勝間さんの本を」と途切れなく読み続けている人が筆者の周りにもいました。書籍にも関わらず、競合へのスイッチを許さない力技の戦略と言えます。

 雑誌の連載をベースとし、連載をまとめて単行本を出す、というサイクルはこの認知を維持する仕組みを支援する役割がありました。何年もかけてシリーズものの分厚い新作を出しても、「んー。何かもうストーリー忘れちゃったし、今さらわざわざいいや」との反応しか受けられないケースは珍しくありません。当の私自身から、友人の本読み諸氏まで頻繁に起きている現象です。

 時間を置くと読者の熱も冷めてしまうとなるなら、短いサイクルでちょこちょこ目に入るようにしよう、というのは素直に筋の通った施策です。近日中にインタビューを掲載する予定ですが、「誠 ビジネスショートショート大賞」の審査員にも協力していただいている『もしドラ』編集者の加藤貞顕氏の立ち上げたサービス「cakes」はWeb雑誌のような位置付けとなっています。この雑誌的な継続認知を得るためのスキームというとらえ方もできるでしょう。

 一般的な傾向として、このコンスタントな商品リリースを実現できているのは以下のようなものととらえています。

  • 一部の文庫作品(ライト系やハーレクインなど定番パッケージもの)
  • 週刊連載を軸としたマンガ作品
  • 一部の多作の実用書(ただし、長期間維持できるケースはほぼない)

 これは、マンガと文庫本、文庫本でもライトノベルなどのレーベルが堅調であるという販売動向とも整合しています。

生活ソリューションとしての趣味実用書

 連載第3回で紹介したオリコンデータで、単行本分野において唯一前年比で成長していた分野があります。趣味実用書分野です。

 「では、売れているのはどういったものだろう?」とひも解いてみると、2011年は社食レシピ本が425万部という異例の大ヒットとなったタニタの社員食堂レシピ本シリーズなどイレギュラーなものはありつつも、美容、理容、ダイエット系の作品が上位にランクするのが目立ちます。

 2011年のオリコンの単行本総合ランキングでもタニタのレシピ本を押さえて2位を獲得しているのは、ダイエット本の定番であるトレーニングダンスの1つ、カーヴィーダンスを解説する本です。同じ著者で同系統の書籍が6位に入っており、2つを足すと約250万部となります。

 ランキングを50位まで見ていくと、断捨離と合わせて一大ジャンルになりつつある片づけ本、後述するシリコンスチーム調理器のついたレシピ本など、生活の具体的な知恵や工夫、分かりやすいメリットを提示したものが上位に来ている傾向が読み取れます。

 宝島社が先陣切ったことでこれまた一大ブームとなった、おまけ付きの雑誌本もそうですが、書店チャネルを経由してのグッズ販売、雑貨販売というように、文字が主体ではなくグッズや雑貨が主であり、その主体に対する説明書が本であるというパッケージが受け入れられています。DVD付きのダイエット本も同じ理解でいいでしょう。

 いいお話を読んだ、感動した、あるいは笑えるものを読んだ、というニーズが決してなくなったわけではないですが、「そんなことより何か良いこと、得することないの?」とでも言葉にできそうな買い手のニーズ傾向をこれらの雑貨的な生活ソリューション本の売れ行きから見てとれます。

 この、分かりやすいメリット、お得感やちょっと賢くなった感というのは物語分野、文芸分野にも事例があります。はっきりと企画意図から設計されて成功したのが、連載第3回でも触れた松岡圭祐氏の『万能鑑定士Q』シリーズです。

 シリーズのキャッチコピーとして「面白くて知恵のつく人の死なないミステリ」とあるように、いろんな業界や物事の仕組み、歴史裏話を素材として謎解きしていく構成になっています。女性を主人公にすえた作り、マンガ家の清原紘氏を迎えたキャラクタービジュアライズ、1カ月に1作という超ハイペースでの刊行など、まさに本連載で紹介している事象が全部入りになっているシリーズです。

 役に立つ知識を面白く、場合によっては読み物で、という生活ソリューションのアプローチをお仕事ソリューションに適用したら、まさに本連載で取り扱っているビジネスノベル分野も該当することとなります。分野としてニッチなこともあり、刊行ペースの早い作品というのは存在しないのですが(「女子大生会計士の事件簿」シリーズは該当していると言えなくはないです)、書籍市場全体でみられる攻めパターン、勝ちパターンと連載で整理したビジネスノベルのパッケージング手法が割と共通していることは理解いただけたかと思います。

第1回 誠 ビジネスショートショート大賞

 Business Media 誠では、ビジネスについての短編小説を募集しています。大賞受賞作品は、誠のトップページに長期間掲載されるほか、電子書籍としても出版されます。文字数3000字程度が目安ですが、それより長くても短くても構いません。詳しくは↓の応募要項をご覧ください。

 『さおだけ屋はなぜ〜』山田真哉氏や『もしドラ』加藤貞顕氏が審査――誠 ビジネスショートショート大賞


前のページへ 1|2|3|4       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.