内容が良いだけじゃダメ、出版界が模索する販促方法とはビジネスノベル新世紀(3/4 ページ)

» 2012年09月17日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]

とりあえず目にとまってほしい

 これらニッチジャンルの強化は各社が行っているところですが、専門特化した企業でない限りは全体の売り上げは維持できないでしょう。その他の取り組みについては、「売れるなら何でも工夫する」という姿勢が表に現れつつあります。

 かつて書籍、特にハードカバーの単行本は、格調高い色調に書体の凝ったタイトルの表紙で、神棚にでも置いてしまおうかという扱いをも受けるものでした。「本というものは崇高で大事なものである」という接し方は、今でも業界関係者と話をする機会があるとよく感じます。

 この、「良いものを作ればきっと売れるに違いない」というあり方は、いわゆる日本のモノづくり神話にも似たところがあります。編集から装丁デザインまで大事に大事にするやり方は、確かにしばらく前まではマーケティング施策として有効に機能していました。厳密には今でもちゃんと機能するところではしています。「本は紙でしっかり読みたいから、やっぱりデジタルになるのはどうも合わない」と口にすることの多い40代以上のユーザーには価値観の分野では伝わっています。しかし、伝わってはいますが、部数にはつながらなくなったというのがいま起きている現象になります。若者の本離れなどと揶揄するのはいいとして何はともあれきちんと売上を立てないと身動きが取れません。なお、余談になりますが、2009年の楽天リサーチの調査によると、40代男性が突出して読書量が少ないとの調査結果が出ています。

 出版社から見た場合、取次から書店という流通構造はそう簡単に変えられません。いずれも非常に大きな資本が必要であり、現状の利益構造からはおいそれと手の出せる領域ではありません。各社の財務や売上利益の動向から推定して、仮に出版社が1社や2社動いたとしても全体のインフラ改善に繋がらうアクションは容易に打てそうにありません。むしろ流通を含めたインフラの分野は丸善を傘下に収めた大日本印刷のような印刷業界の大手企業の方がキープレイヤーであると言えます。

 チャネルをいじれないとなると、製品(=本)の作りを変えるか販促を工夫するかというあたりに打ち手は集約されます。何か話題になる方法はないか、売れる企画はないか、という動き方です。

 近年、工夫改善が進んでいる手法が、テレビ雑誌を含めたマス展開にうまく乗ること、ほかの目立つアイコンを引っ張ってきてアイキャッチ強化しようという試みです。

 例えば、チャレンジしやすい文庫本でよく観察されますが、映画・ドラマ化された原作作品は、映像作品のワンシーン、特に主演の俳優女優を表紙に持ってきて、映画のプロモーションとの相乗効果を狙おうという施策が増えました。映画やドラマが開始する同時に、情報番組や雑誌に出演者が多数露出するのは定番の年中行事ですが、この動きに書籍、特に文庫本が加わったことになります。表紙だけですが、文庫本が雑誌化したとでもいえばよいでしょうか。

 似た感じで、注目を浴びたのが集英社文庫で、人気マンガ家が表紙を書くコラボ作品を発表したことです。夏の文庫キャンペーンの定番施策として定着しています。これは、言うまでもなくマンガ家のファンを文学作品の方に引っ張って来ようとするクロスセルのスキームです。マンガ家自体がファンであったり、作中で紹介していたりするとつながりとしてはきれいですが、作品の雰囲気がうまく合っているなど、組み合わせの妙を楽しむ施策でもあり、コンスタントに話題を呼ぶキャンペーンとなりました。

 また、特定のマンガ家に限らずとも、キャッチーなイラストを売りにする手法も広がっています。本連載中で何度か取り上げたライトノベル分野が顕著ですが、一般向け文庫でも、類似手法の導入ケースはあります。

 イラストを重視する方策を個別作品だけではなく、レーベル施策として取り込んでしまった事例がメディアワークス文庫になります。既刊作一覧の表紙を眺めているとよく分かりますが、いわゆる古典的な本の装丁から、マンガのキャラクター的なもの、アート作品に近いイラストレーター独自の表現世界を生かしたもの(イラストレーターが独自のファン層を持っている場合は、組み合わせ相乗効果を狙ってると思われるものも多い)などバリエーションに富んだラインナップになっています。

メディアワークス文庫の既刊作一覧

 文庫は平積みされることが少なく、本棚に入ってしまうと背表紙しか見えないので、この多様な表紙バリエーションを店頭でまとめて感じ取る機会はなかなかないのですが、新刊を中心とした平積みコーナーで割と目を引くのは確かです。

 冒頭で紹介した全国出版協会の統計でも、年によっての上下動はありつつも、文庫本と漫画単行本は販売動向としては大きく減ることなく踏みとどまっています。両者を踏まえると、手ごろな価格の商材をイラストも含めた絵で売っている、というセオリーを導き出せます。

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