この作品は「誠 ビジネスショートショート大賞」のサンプルとして、審査員の山田真哉さんに書いていただいたものです。コンテストの締め切りは2012年9月24日(月)までですが、一次選考通過作品は特設サイトで順次公開しているので、ご覧ください。
これは、室戸アキ(むろと・あき)、藍住よし乃(あいずみ・よしの)、観音寺綾歌(かんのんじ・あやか)の3人が、ただただゆるーいトークを展開するだけの物語である――。
「あー、どうしよー。もう出番まであと30分しかないわっ」
ライブ本番を控えた楽屋は、いつも落ち着かない。だが今日はいつにも増して騒がしい。
「まあ、まあ、アキちゃん。いまさら慌てんでも。プロデューサーに言われたんが昨日やから、しゃあないんちゃう?」
「でもさー、よし乃ォ……アタシとよし乃と綾歌の3人で、ユニットデビューしちゃうんだよ。それもなにさ? 『消費税アイドル』って。ダサいを通り越して、意味不明じゃない!? ねェ、綾歌」
「いや、プロデューサーの意図は、自明の理だろう。2014年4月には消費税が増税される。これから増税の話題が出るたびに、私たちは『消費税アイドル』として露出できるんだぞ」
彼女たちはお世辞にも、売れっ子ではなかった。某アイドルグループの末端に位置していた彼女たちに活躍のチャンスを与えるため、新ユニットを結成……というのは表向きの建前。実際は、プロデューサーが一昨日の飲み会で適当に思いついたユニットを、普段日の当たらない3人にやらせてみよう、という余興である。
ちなみに、今日のライブでは他にも、『企業年金アイドル』『自然エネルギーアイドル』など異色のユニットがお披露目される予定だという。
「綾歌が言ってるその“露出”って、具体的にどんなことをするのよ」
「そ、それはだな。スーパーの『消費税の増税分還元セール』で歌の営業が入ったり――」
「アタシたち呼ばないほうが、経費が浮いてもっと値引きできるんじゃない?」
「ま、まだあるぞ。政府がつくる『消費税率アップ告知ポスター』のモデルになったり」
「何それ、アタシたちに増税の手先になれというのっ!」
アキはどうしても乗り気になれない。だがプロデューサーの命令は絶対、の世界である。2人のやりとりを見ていたよし乃は、仕方なく割って入った。
「まあまあ、落ち着き、アキちゃん。なんにしても、アイドルが続けられるんはええことちゃうの? 少なくとも、2014年まではクビにならんのやろぉ?」
「……うーん。それは、そうね」
「2014年4月に8%、2015年10月に10%に増税ってことは、うまくいけば3年後まで賞味期限があるっちゅうことやん。これは、ええでぇ。多くのアイドルが短期間で消えていく世知辛い世の中、細く長く生きられるんやったら、ありがたく思わんとなあ。ありがたやぁ、ありがたやぁ」
「……よし乃、アンタはどこのおばあちゃんなのよ」
「にしてもなぁ……『消費税アイドル』になるってことはぁ、うちらも消費税についてある程度知っとかなあかん、てことかなあ?」
それを聞いた瞬間、アキは青ざめた。
「ゲッ! それはイヤなんだけど……」
「おいおい、お前たちはダメダメだな。生まれてから十数年、消費税をずっと払ってきたんだろう? 何も知らないなんて、おかしくないか?」
彼女達はアイドルとしては平均的な年齢だ。もちろん、生まれた時から消費税は存在している。
「そういう綾歌は詳しいっていうの?」
「当たり前だ。何を隠そう、私は将来政治家になるための話題作りとして、アイドルをやっているのだからな」
「ええーーっ!!」
アキとよし乃は揃って声をあげた。
「『美しすぎる市議』とか『可愛すぎる県議』とか、その辺のバカそうな奴でも政治家になれる枠が、今の日本にはあるだろ?」
「べつに“枠”ないと思うんやけどぉ……」
「私はアノ枠を狙っているのだ。『美しすぎる』という看板にさらに『元アイドル』が付けば、トップ当選はたやすい」
「……アンタ、今さりげなく自分の容姿を褒めたわね」
「うっ」と一瞬した詰まった綾歌は、お茶を濁すため2人に話を振った。
「で、君たちは消費税の何がわからないと言うのかね?」
「じゃあ綾歌先生、は〜い」
「藍住よし乃君ー」
国会質疑のような口調で指名する綾歌は、なんだか楽しそうだ。もともと学級委員長タイプなのかもしれないと、アキは思った。
「え〜っとなぁ、消費税はなんで『消費税』って言うん?」
「それそれ! 消費税って名前がまず変じゃん。消費って“使ってなくなる”ってことでしょ。なくなるものに税金がかかるって、絶対変」
この質問ならついていける、と思ったか、アキも話に加わった。
「そっちの意味ではないんだな」
綾歌は答えながらスマホで『消費 意味』と検索した。
「……ほれ、2つ目に『人が欲望を満たすために、モノを買ったりサービスを使ったりすること』だと書いてある」
「あー、欲望に税をかけるんだ?」
「い、いや、『モノを買ったりサービスを使ったり』のほうだから」
と言いつつも、綾歌は一瞬考えた。『欲望に税をかける』というのは、実はあらゆる税金の本質なんじゃないか、いやそんなことないか――。
本番まで、あと20分。
「とりあえず今回のライブでのミッションに話を絞ろう」と綾歌は言った。
ライブ中盤での新ユニット紹介コーナーは、急遽設けられたため1ユニット30秒ほどと極めて短い。とりあえず構成メンバー紹介と、ユニットとしての名乗りを一言できれば御の字だろう。
「その一言っていうんは、何を言えばええんかなぁ」
「いわゆる、ユニットのキャッチコピーを考えればいいのではないか?」
「消費税アイドルのキャッチコピーなぁ……。『消費税は凄いでぇ』みたいなんがあると、ええんやけどなあ」
「スゴいっていうかさ、そもそもメリットすらないから困るんだよね」
「増税した結果、国債に頼る割合が減るだけで、今より何かいいサービスが受けられるわけじゃないからな。だからあえて『社会保障目的税』と言って、イメージ戦略をはかってる面もある」
綾歌は、そのへんにあった紙を手に取り、サラサラと円グラフを描いた。
「国の年間の税収約40兆円に対し、歳出は約90兆円。差額の50兆円は国債、つまり借金でまかなってるわけだな。いまの消費税による税収は約10兆円だから、税率を倍にしたところで穴埋めにはまだ全然足りない」
「歳出の中身はどんなん?」
よし乃に訊かれると、綾歌はサッサッともう1つの円を描いた。
「今の歳出は、だいたい30兆円が年金・医療・介護なんかの社会保障、20兆円が国債の利払い、15兆円が地方交付税、あと公共事業、教育科学、防衛がそれぞれ5兆前後、その他10兆円――ってとこだ」
「だから、使ってる金額が大きすぎるんだって。普通ソッチを減らすでしょ」
「残念ながら、高齢化が進めば社会保障にかかるお金はますます増える」
「エーッ、じゃあどこまで増税しても足りないじゃん」
「そうなのだ。消費税はどこまで上げても、まだ足りないのだよ」
「ほな、うちらのキャッチコピーは『どんだけ上げても物足りない! 消費税アイドル』ってとこやなぁ」
「いやいや、『どんどん欲しがる!消費税アイドル』ではないか?」
「そんな欲しがりなアイドル、絶対イヤーッ!」
「ちょっと待て。この流れでは、消費税のイメージが悪くなる一方だ。私たちのユニットの印象に関わるんだから、なんとかイメージを明るくしないと」
3人は向かい合ったまま、しばらく沈黙が続いた。
「あのさ……何か税にまつわるキャッチコピーってないの?」
アキの言葉に、綾歌がまた手早くスマホをいじる。2人も横から画面をのぞきこんだ。
「税務署の標語が参考になるのではないか。『この社会 あなたの税が 生きている』」
「ウー、なんか鳥肌が……」
「もっと、若者ウケするようなフレーズでいかんとなぁ」
「『税のホットステーション』……とか」
「『払っていいとも!』」
「『目のつけどころが消費でしょ』」
「『エイト‐テン、いい気分!』」
「『納めろ。』」
「……」
再び、沈黙が続いた。
「……やっぱヤメよっか、キャッチコピーは」
そのとき廊下から声が響いた。
「本番5分前――!!」
タイムアップのようだ。やむをえず、早足で舞台袖に向かう3人。
「ヤバいな、本番始まったら考えてる余裕はないぞ」
「ほんまやなぁ、どないしょうかなぁ」
すると――
「……と……まして」
「ん? なんだって?」
歩きながら、何やらアキがぶつぶつと唱えている。
「『消費税』とかけまして……」
「謎かけ!?」
「『アタシたちのキャッチコピー』と解く、そのココロは――」
何を思いついたか知らないが、ちゃんとオチるならこのネタでいくしかない……と、綾歌とよし乃はすがるようにアキの口元を凝視した。
「そのココロは―――どちらも、『値(音)を上げる』でしょう」
Business Media 誠では、ビジネスについての短編小説を募集しています。大賞受賞作品は、誠のトップページに長期間掲載されるほか、電子書籍としても出版されます。文字数3000字程度が目安ですが、それより長くても短くても構いません。コンテストの締め切りは2012年9月24日(月)までですが、一次選考通過作品は特設サイトで順次公開しているので、ご覧ください。
『さおだけ屋はなぜ〜』山田真哉氏や『もしドラ』加藤貞顕氏が審査――誠 ビジネスショートショート大賞
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