それにしても、今や扇風機なんて1000〜2000円くらいから買えるありふれた製品、すなわち、「コモディティ」(汎用品)であり、ほとんど革新の余地はなさそうに思えます。少なくとも、消費者の多くはそう考えています。「まあ扇風機はこんなもんだろう」と疑問を持たなくなってしまっている。どのメーカーも大差ないと思い込んでしまっている。
言われて見れば、確かに従来の扇風機の風は気持ちよくない。しかし、自然の風とは違うと分かっているし、そもそも「心地よい風」が出る扇風機を体験していない時点では、扇風機に対するそんな不満は「顕在化」しないものです。
従って、恐らく消費者に対して、「どんな扇風機が欲しいですか?」と聞いたところで、「省エネ」や「音が静か」といった、既存の扇風機が、既にある程度実現している機能や性能の延長、改善点しか出てこないでしょう。
ですから、新製品開発担当者としては、寺尾氏が、工場の壁に向けて扇風機が回っていたことに目を留めたように、日々の生活の中でものごとを注意深く観察し、「マイナーな兆し(行動)」を目ざとく見つけ、それを新製品のヒントとして拾い上げることが必要なのです。
バルミューダでは、新製品開発に当たっていわゆる「マーケティングリサーチ」は行わないとのこと。
寺尾氏は以下のように述べています。
「必要とされているものは、日本で暮らす以上、自身で感じ取らなければならない。人に言われる前、調査結果が出る前に自分自身で感じ取れないのであれば、リサーチャーとしての資格はないのではないかと思う」
「ブレークスルーは“消費者の声”からは生まれにくい。消費者はあくまでも今あるものに対する意見を出すもので、ないものを生み出すのが自分たちの仕事。まず自分たち自身がユーザーであるという視点に立ちながら、自分たちの感覚を信じ、こんなものがあればすごい、というプロダクツを思いつき、開発にまい進する。その代わり、その感覚が受け入れられなければ……というリスクは常にある」
ダイソンのファンのない扇風機、「エアマルチプライヤー」も革新的な製品ですが、やはり「消費者の声」を直接聞いて生まれたものではないでしょう。
寺尾氏は「自分はできる」と信じてとことん真剣に取り組むことで道は開けると考えています。
「どうせありふれた製品だから」「高いと売れるわけないよ」などと固定観念にとらわれず、「どこかに革新のヒントが必ずあるはずだ」という強い信念を持つことが、新製品開発には最も必要なことなのかもしれません。(松尾順)
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