大田区が「京急蒲田問題」をひっこめた本当の理由杉山淳一の時事日想(1/5 ページ)

» 2012年09月07日 00時00分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。2008年より工学院大学情報学部情報デザイン学科非常勤講師。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP、誠Styleで「杉山淳一の +R Style」を連載している。


 京急電鉄が2年前に、京急蒲田駅を通過する列車を設定した。これに対して大田区が立腹し抗議、国や都も巻き込んで協議活動を実施した。しかし、京急電鉄が次のダイヤ改正概要を発表すると、大田区は態度を一転し「他の列車の増発があったから、京急蒲田通過列車の存在を受け止める」との区長コメントを公表した。

 その背景には、大田区の「蒲田中心主義」とも言える施策への批判の高まりがある。しかし、本当の理由は、大田区の次のプロジェクト「蒲蒲線」と「空港跡地再開発計画」を進めたいからだ。どちらも京急電鉄の協力が不可欠で、大田区は、京急電鉄との関係を悪化させてはいけなかった。

 だから大田区は「京急蒲田駅通過問題」を終息させるきっかけがほしかったようだ。京急電鉄のダイヤ改正は、大田区にとって「渡りに船」だったといえる。

 →なぜ大田区は京急電鉄への怒りをおさめたのか

京急電鉄にも非はあった

 京急蒲田駅付近立体交差事業は東京都が主体となって実施されている。事業費用は約1892億円。東京都が各地で実施している立体交差事業の枠組みを当てはめると、費用負担は自治体が90%の約1702億円。このうち国の補助金が約851億円、東京都が約596億円、大田区は約255億円となる。一方、京急電鉄の負担は全体の10%で約189億円である。

 大田区にとって約255億円は大金だ。しかし、それで渋滞が解消し、市民の安全が増し、交通活性化によって地元企業も恩恵を受ける。対価に対して妥当かそれ以上の効果である。

 一方、民間企業の京急電鉄にとっても約189億円は大金である。直接には関係がないかもしれないが、京急電鉄は羽田空港事業に注力するため、油壺延伸免許を返上(久里浜線の終点三崎口駅から先、油壺までの延伸計画を見直すと発表)するなど、他の事案を停止して望んだ。約189億円を取り戻すための路線改良やダイヤ編成は許されるべきだろう。

 もっとも、京急電鉄にも非はあった。羽田空港優先ダイヤに固執するあまり、立体交差が完成する前に列車を増発し、踏切渋滞に拍車をかけた。品川方面―蒲田―羽田空港間、横浜方面―蒲田―羽田空港間を増発した。そのタイミングは、羽田空港拡張による延伸(1998年)や、京急蒲田駅の線路を改良し、横浜方面と空港方面の直通列車を新設(1999年)、新国際線ターミナルの完成(2004年)の時期だった。これらのダイヤ編成と列車の増発によって、環八と国道15号を含む28カ所の踏切にとって最悪の時期となった。

 特に、1999年の「横浜方面から空港線直通列車運転開始」がひどかった。

 横浜からの空港線直通列車は、川崎までは本線の快特に併結して走る。川崎で列車を分割して、品川行きと空港行きが続行運転する。これだけでも踏切通過回数は倍増する。

 空港直通列車は、環八と交差する京急蒲田第5踏切の手前で本線の上り線から下り線に入り、踏切を渡ると急角度の分岐で空港線用ホームに入る。この間、電車は時速10キロメートル以下のノロノロ運転で、大渋滞の踏切を通過する。ギリギリのダイヤを組んでいるので、ちょっとダイヤが乱れると踏切で停まる風景もよく見かけた。これにはさすがに鉄道びいきの私も憤慨した。

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