庵野秀明館長「特撮博物館」から考える特撮とアニメの関係アニメビジネスの今(3/5 ページ)

» 2012年07月24日 08時00分 公開
[増田弘道,Business Media 誠]

特撮とは何か

 そもそも特撮とは「特殊撮影効果=special photographic effects(または特殊視覚効果=special visual effects)」の略称。現実社会ではありえない映像や通常の撮影手法では得られない映像を作り出す技術で、昔はトリック撮影などと呼ばれていたが、その歴史は古く、映画とほぼ同時に誕生した。

 時は1896年、今年公開された『ヒューゴの不思議な発明』に登場するファンタジー映画の元祖ジョルジュ・メリエスはパリのオペラ座前広場で撮影中に不思議な体験をする。カメラの故障で撮影を数分間中断した後、そのフィルムを現像してみると、バスが葬儀車に、道を横切る男が女にパッと変身したのだ。まったくの偶然であるが、まるで手品のようにある存在が瞬間的に違ったものに変身するというストップモーション効果を発見したのである。

 また、1898年公開の米西戦争をテーマとした短編映画『Tearing Down the Spanish Flag』は当地の場面が一切なく、サンチャゴ軍港の海戦をミニチュアで撮影したのだが、「6マイル離れた場所から月明りで撮った実写」と称しても誰一人疑わなかったという。ちなみに、海戦シーンはバスタブで撮影され、戦闘シーンの煙は実はタバコの煙であった。

 そして、『Tearing Down the Spanish Flag』をプロデュースした人間こそ、その8年後に世界初のアニメーション『愉快な百面相(Humorous Phases of Funny Face)』を作ることになるジェームス・スチュアート・ブラックトンその人であった。

『愉快な百面相(Humorous Phases of Funny Face)』

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 このように特撮とアニメは映画黎明期から密接な関係があった。表現手段は異なるが、「通常の撮影手法では得られない映像を作り出す技術」を目指しているという意味では同じなのである。

 ただ、庵野監督が述べているように、「アニメは全部作りもので、最初から記号で構成されている世界」であるのに対し、特撮は「現実と空想の融合した世界を描くこと」で、「荒唐無稽な映像を現実感のある映像にすることもできる」という違いがある(「特撮博物館」パンフレットより)。その意味ではアニメはある種「究極の特撮」と言えるかもしれない。

特撮映画の発展

 ジョルジュ・メリエスによって偶然発見された特撮は世界初のSF映画『月世界旅行』(1902年)で花開くことになる。

 そして、その後フリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(1926年)などを経て、特撮の金字塔『キングコング』(1933年)が誕生する。特撮の要素満載のこの映画は、庵野監督が言うところの「荒唐無稽な映像を現実感のある映像にすること」に成功し、かつスケールの大きなスペクタクル性とあいまって大ヒットを記録、現在に至る特撮の原点とも言える古典的名作となった。

 『キングコング』が歴史的な成功を収めたことで、特撮をメインとした領域が確立されるが、そのジャンルはいくつかに分けられる。その中で有力なのが「クリーチャー・モンスターもの」(日本的な言い方だと「怪獣もの」)である。

 このジャンルの特撮作品は古くからある「フランケンシュタイン」「吸血鬼ドラキュラ」「狼男」などの御三家を筆頭に数多く作られているが、大きく発展させるきっかけとなったのはやはり初代『キングコング』だろう。コングの人形をストップ・モーション(アニメーション)で動かすことで非実在のクリーチャーを生きているかのように表現することに成功したのは特撮の粋であった。

 その後、このジャンルでは『キングコング』の特撮を担当したウィリス・H・オブライエンによる『猿人ジョーヤング』(1949年)やその弟子のレイ・ハリーハウゼンの『原子怪獣現わる』(1953年)、『シンドバット7回目の冒険』(1958年)、『恐竜100万年』(1966年)、『タイタンの戦い』(1981年)などの力作が生み出されたが、その完成形はスティーブン・スピルバーグの『タイタンの戦いジェラシック・パーク』(1993年)だろう。ピーター・ジャクソン監督の『キングコング』(2005年)もリメイク作品としては出色の出来だった。

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