経済成長が無理なら、流動性を!ちきりんの“社会派”で行こう!(2/2 ページ)

» 2012年07月23日 08時00分 公開
[ちきりんChikirinの日記]
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「希望は戦争」に行き着くわけ

 それでも経済が成長している間は、問題は顕在化しませんでした。それがバブルが崩壊した1990年を境に、日本は左側から右側の世界へ移ります。経済成長の時代から経済停滞の時代に移行したわけです(左下から右下のピンクのボックスへ)。

 全体としてパイが縮小していく中での「社会の流動性の低さ」は、“下層”にいる人に大きな犠牲を強います。特に、自分で選ぶこともできないままにそういう位置(家庭や場所や時期)に生まれてしまった子どもや若者にとっては、社会全体が「希望のない社会」と映ります。

 もちろん全体のパイが縮小する中では、下層の少し上でかろうじて水面の上に顔を出している人たちも必死で自分を守ろうとします。そんな彼らの動きが、より固定的な社会を作っていくのです。

 もう一度、この4ボックスの表を見てください。右下のピンク色の箱から脱出するには2つの選択肢しかありません。1つは左に戻ること。すなわち、再度の経済成長を目指すこと、もう1つは上に移動すること、すなわち社会の流動性を高めることです。

 左に行くことを目指すべき、という人たちは「どうやったら経済成長できるか」を論じます。方法論としては、「規制緩和や市場主義を徹底すべき」という人もいれば、「とにかくまずは紙幣を印刷しろ」という人もいます。いまだに“産業政策”なんてものを支持する人さえいます。

 しかし、すでに何十年もそれらの試みは成功していません。右側から左側に戻るという試みはまったく成功していないのです。その責任は、政治家、官僚、経営者など、社会の各分野で指導者の地位にあった人たちにあります。

 彼らももちろんそのことを理解し、忸怩(じくじ)たる思いでいるでしょう。しかし彼らの“失敗”の犠牲になったのは彼ら自身ではなく、非指導者層にいる人たちです。

 「経済停滞」×「流動性の低い社会」の組み合わせで、20年もの長きにわたり社会の下層に固定された人たちは、指導者たちの無能さに業を煮やし、「何をやっても左に戻れないなら、上にいくほうがましだろ!」と言い出します。

 それが「希望は戦争」であったり、「まずは破壊せよ」と望む“ぶち壊し屋”の政治家の本意であったり、「混乱loverをうそぶくおちゃらけ社会派」だったりするわけです。

 そんじゃーね。

著者プロフィール:ちきりん

兵庫県出身。バブル最盛期に証券会社で働く。米国の大学院への留学を経て外資系企業に勤務。2010年秋に退職し“働かない人生”を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦など、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。著書に『自分のアタマで考えよう』『ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法』『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!』がある。Twitterアカウントは「@InsideCHIKIRIN」。

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