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» 2012年07月16日 08時00分 UPDATE

ちきりんの“社会派”で行こう!:私たちは何を革命と呼ぶのか? (1/2)

私たちがしばしば使う「革命」という言葉。その言葉の定義が気になったちきりんさんは、どんな時に「革命」と言われるのか改めて考えてみました。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2010年6月1日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 「革命」とは何でしょう? どういう条件があれば、私たちはそれを「革命」と呼ぶのでしょう?

 産業革命やIT革命という言葉はよく聞きますが、火を使えるようになったことや電話の発明について、火革命や電話革命とは言いません。

 また、フランス革命、ロシア革命とは言いますが、明治革命ではなく明治維新だし、中国に関しても、ロシアと同じように共産革命を実現したはずなのに中国革命とはあまり言いません。辛亥革命や文化大革命の方がよほどよく聞きます。

 こういう例を見ながら、「何を革命と呼び、どういう場合は革命とは呼ばないのか」と考えてみると、「権力の交代が起こった場合」のみ革命と呼んでいるように思えました。

 今までの支配者層が没落し、それまで抑圧されていた層が権力を握る。支配者と被支配者の2つの層が逆転したら革命と呼ばれるのです。

 例えば、フランス革命、ロシア革命では、支配者層である王侯貴族層が没落し、一般市民や労働者が権力を掌握します。社会の支配者層の交代が起こった。だから革命です。

 明治維新は英語で“Meiji Restoration”、復帰とか復古というニュアンスの言葉が使われているように、「天皇に権力が戻った」と解釈されていて、権力層が逆転したわけではなく、「天皇→将軍→天皇」に戻っただけです。大政奉還ってまさにそういうことですよね。だから革命ではなく維新。別に庶民に権力が移行したわけではありません。

 中国の場合も、共産党国家の樹立の際、中国共産党が戦って勝った相手である中国国民党は権力者ではありませんでした。第二次世界大戦後の混乱の中で、共産党と国民党が争ったわけですが、それまで権力の座にあったのは彼らのいずれでもなく日本であり欧米列強でした。なので国民党に勝ったことを中国革命と呼ぶのは馴染まないのでしょう。

 その前の辛亥革命では、“清朝”という王朝・帝政が崩壊して共和国に移行したわけですから、まさに革命です。また文化大革命も、権力の座にいて社会を率いていたエリート、知識層を完全に排除して、貧農や社会の底辺の労働者層に権力を奪還しようという運動なので「革命」なわけです。

 産業革命も、もし起こったことが技術革新だけであったなら「革命」とは呼ばれていなかったでしょう。あの時は、技術の大変革に伴って、社会の権力層も変化したのです。

 端的に言えば、「不労所得で食べていた層=領主である王族・貴族」が没落し、「工場を作り、事業を興して食べていく層=企業家、資本家」が現れて、彼らから権力を奪いました。

 『チャタレイ夫人の恋人』という有名な小説がありますが、あの小説の時代背景はまさに産業革命が起こりつつある時期です。

 小説の中で貴族達の会話には、「最近、企業家どもの羽振りがよくて……」とか、「何と名門の○○家が破産したらしい」などという話題が出てきます。チャタレイ夫人が馬車の中から見る風景も、「最近は工場や労働者が増えてきて町の様子もすっかり変わってしまった」と描写されています。

 この小説の中心テーマは、女性の性を含む人間性の解放なのですが、その背景として“食わねど高楊枝的”な貴族文化と、“見栄や外聞にとらわれず、人間としての感情を取り戻していく女性”が対比されており、産業革命の勃興とともにさまざまな意味で崩壊していく貴族社会が描かれています。

 結果として産業革命は、貴族層を社会の支配層から引きずり下ろし、爵位を持たない平民層の企業家たちが権力を持つ時代の幕開けを演出しました。だから「革命」なのです。

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