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» 2012年06月25日 08時00分 UPDATE

ちきりんの“社会派”で行こう!:“自分の表現法”と出会う (1/3)

「プログラミングを知ったことで、自分に適した表現方法に出会えた」というphaさんの言葉をきっかけに、世の中に存在する表現方法の多様さに改めて気付いたちきりんさん。自分に合った表現方法を探すことが大切ではないかということです。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2010年3月5日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 2年前に行った「日本一のニート」を標榜するphaさんとの対談からは、いろんな“気付き”がありました。

 家の方向が同じだったので、対談の後、phaさんと一緒に地下鉄に乗ったのですが、たまたま最初に来たのが各駅止まりでした。それに乗った後、「もしかして急行のほうがよかったですか?」と聞いたら、phaさんの答えは「いや、いいんです。急行は混むし」というもの。それを聞いて、「あ〜、違う世界だなあ」って思いました。

 ちきりんが今いる世界には、急行に乗るか各駅停車に乗るかという命題に対して、パラメーターは時間、つまり「どちらが早く着くか」しかありません。判断基準はそれだけです。

 でも、「早く着く」などということはphaさんにとってはあまり意味がないのでしょう。大事なのは「混まないこと」なわけです。

 中学受験などで「A駅に急行が止まっていて、その時速は40キロ、10キロ離れてるB駅に各駅停車が止まっていて……どちらが先にD駅に着くでしょう?」みたいな問題がありますよね。ああいう問題を解く時にも、「各停電車は空いているが、急行電車は混んでいる」という要素を考慮することは求められていません。つまり私たちは知らず知らずのうちに、社会の提示する判断基準を刷り込まれているのです。

 しかし大事なのは、自分の優先パラメーターが何なのか(=自分にとっての判断基準って何?)を見つけることです。他人の基準で生きると、「早く着くけど混んでいる電車」に乗って生きなければなりません。それは、人によってはつらいことなのです。

 もう1つ興味深かったのは、phaさんが「プログラミングを知ったことで、自分に適した表現方法に出会えた」と話されたことです。

 その数日前、ほかの人から「紙に書いた提案書とかもう意味がないよね。プログラム作って画面上で動かして“こういう感じのビジネスをやりましょう”って言ったらすぐ済む話なのに」と言われて、その時は「そうか、プログラムってパワポに取って代わるんだ」と思いました。

 つまり、「プログラム=プレゼンツール」なんだと思ったのです。でも、さらに一歩進めて、「プログラムって表現方法なんだ」と、この日(ようやく)理解できました。

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