制作量は日本の2.5倍でも……中国アニメーション産業の光と影アニメビジネスの今(5/6 ページ)

» 2012年05月15日 08時01分 公開
[増田弘道,Business Media 誠]

中国アニメーション躍進の実態

 さて、外国製アニメーションを事実上の放送禁止にしてまで政府が推し進めている中国のアニメーション産業であるが、果たしてその結果のほどはどうなのか。「躍進著しい」と述べてきたが、それは主に制作・生産面のことで、その成果についてはまだ触れていない。

 結論から述べてしまうと、今のところ投資に見合ったリターンはほとんど出ていないように見える。それを象徴するのがヒット作品の少なさ。2008年に日本を抜き、今や2.5倍ほどの制作分数になりながらも、大ヒットと言える作品は2005年放送開始の『喜羊羊与灰太狼(シーヤンヤンとホイタイラン)』だけといった状況にある。

『喜羊羊与灰太狼』

 実際、中国人と話をしていても『喜羊羊』以外の中国製タイトルが出てこない。日本でアニメ産業が大きく発展した裏には、常に多くのヒット作品が存在していた。もちろん、中国はこれほどの量の作品を作っているのでそれなりのヒット作はあるのだろうが、産業をけん引するほどのものは7年前の『喜羊羊』以来見当たらない状況なのである。

 これにはいくつか要因があるが、最大の理由はエンタテインメント性の問題だろう。大変失礼ながら、端的に言ってしまうと面白い作品が少ないということなのだが、それはストーリー、キャラクターの弱さに起因するものだろう。そして、「それはなぜか」と考えると中国には原作文化がないということに思い当たる。

 例えば日本には世界最大のマンガ文化がある。さらにマンガに続きアニメの原作を担うようになったゲームやライトノベルといった文化も盛んである。また、米国は脚本大国である。日本人がマンガ家を志すように米国人は脚本家を目指す。毎週山のようにスタジオに届けられる脚本が、ハリウッド映画の面白さを保証しているのである。

 それに対し、中国はマンガ文化も脚本文化もない。だから、オリジナルを書くしかないが、そうした文化的土台を欠いて一朝一夕に面白いものが書けるはずもない。そのため、『電光超特急ヒカリアン』を盗作したとされる『高鉄侠』のような作品が、中国のアニメファンの間で話題になってしまうのだろう。

パクリ検証動画 ヒカリアン×高鉄侠 Compare Japanese animation with Chinese copy

 中国で面白いストーリー、キャラクターを生み出そうと思うなら実写映画の脚本家を投入するのが有効だろう。恐らく、今の中国の文化で世界レベルに達しているのは映画である。

 中国では、文化大革命終焉後の文化開放によって紹介された『君よ憤怒の河を渡れ』などの日本映画に刺激を受けたチャン・イーモウらの有能な人材が一気に映画に向かったことで、映画産業が開花した。映画産業にいる有能な人材をアニメーションに投入すれば、エンタテインメント性に富んだ作品ができるものと思われる。

 ただし、中国の映画人は「漫画映画」の脚本を書くことに相当な抵抗を感じるだろう。だが、大人が見ても面白いと思えるものを真剣に作る姿勢がないと、内容の向上は難しい。

「80后」「90后」の見るアニメーションがない

 「中国でアニメーションは大人の見るものではない」と述べたが、世界的に見ても日本以外はその傾向が強い。特に中国は公的にそうなっている。しかし、実際には大人になってもアニメーションを卒業しない世代が誕生している。それは「80后」「90后」と呼ばれる1980年代生まれ、1990年代生まれの中国新世代だが、『ドラゴンボール』『スラムダンク』『セーラームーン』を見て育った彼らにとって、現在中国で作られているアニメはいかにも物足りないのである。

 2011年末、上海で「初音ミク上海ライブビューイング」が行われた。杭州アニメーション・フェスティバルでご一緒したクリプトンの担当の方にその反応をうかがう機会があったのだが、会場は日本以上の熱狂ぶりだったという。すでに「80后」「90后」の世代の感覚は、日本の若者とほとんど同じなのである。もちろん、民族文化の違いはあるが、興味の対象や面白いと思う感覚は非常に近い。そんな彼らが今の中国アニメーションに満足できるはずもない。彼らが見るべき作品がないのである。

 中国では明確に大人に向けたアニメーションは存在しないが、希有な例として杭州のStarQが製作した『秦時明月』がある。青年層を意識したマーケティングで成功しているこの作品は(CCTVでオンエア)、2007年からスタートし、間を置きながらシリーズを展開している(シリーズ平均24話、現在第4シーズンの準備中)。このようなシリーズ展開や主題歌に力を入れている点などは、日本的なビジネススタイルを感じさせる。

 かなり昔から言われていることだが、日本のアニメファン層20万人説というのがある。熱心なこの層によって大人向けのアニメビジネスが支えられているのだが、中国には単純計算でその10倍のファン層が育つ可能性があることになる。日本のアニメファンのようにパッケージを買うほど熱心かどうかはまだ分からないが、潜在的な顧客には十分なり得る層であろう。中国でこの領域はまったくの手つかず状態で、恐らく誰かが進出すればそれなりの果実が得られるのは確かだろう。しかし、それには「未来を描けない」状況から脱することが必要条件だ。

未来を描けない

 中国ではアニメーション制作に許認可が必要であると述べた。この体制がある限り、アニメーションの世界で未来を描くことは困難だろう。

 日本ではSFやファンタジーはアニメの得意ジャンルであり多くの支持を集めているが、その種の作品の中には近未来に日本が消滅、あるいは他国に占領されているといった設定が見受けられる。日本では何の問題もないその種の表現が、中国で到底許されるとは思えない。そのため、時代劇をテーマとしたアニメーションが多いのだろうが、見る側にとってはすでに結末が分かっている西遊記や三国志ばかりではさすがに食傷気味であろう。

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