コラム
» 2012年05月01日 08時00分 UPDATE

「働くって、しょせんこんなもんさ」では見えないものがある (1/2)

「働くこと」に対し、「適当に・そこそこでいい」という冷めた就労観がまん延・沈殿してきている。それに対する私の答えを寓話で紹介したい。

[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行う。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 まずは、私が著作のために作り起こした寓話を1つ。

 昔、あるお寺の和尚さんが、2人の童子を呼び、こう言いました。

 「本堂の裏に蔵があるじゃろ。実はあの蔵の中に、大事な宝物が代々保管されておる。その宝物が何か1人ずつ、蔵に入って見てくるがいい。しかし、蔵には窓もなく、昼間でも中は真っ暗じゃぞ。気を付けてな」

 まず、青の童子が蔵に入っていきました。蔵の中は和尚さんの言った通り、真っ暗で何も見えません。しかし、目の前に“何か”があることは気配で分かります。しかし、具体的に何であるかは見当が付きません。その時、童子の足裏に、枝の端くれほどの木片が触れたので、青の童子はそれを拾い上げ、目の前の“何か”を叩いてみました。

 カラン、カラン……カラン、カラン……。

 青の童子は蔵の中から出てきて本堂に戻り、こう告げます。

 「何だ、和尚さん。あれは“鍋”か“やかん”ではないですか」

 次に、赤の童子が蔵の中に入っていきました。その時、赤の童子も真っ暗闇の中、足裏で触れた木片を拾い上げ、目の前に感じる“何か”を叩いてみました。

 カラン、カラン……カラン、カラン……。

 赤の童子はさらに、しゃがみこんで足元の周りを手で探ってみました。クモの巣やら、ほこりやらをかぶりながら、頭をどこかにぶつけながら、はいつくばって手を伸ばしていくと、今度は重い丸太のようなものが手に触れました。

 その丸太を持ち上げ、童子は目の前の“何か”を力いっぱい叩いてみました。

 ゴォーーーーン。

 赤の童子は本堂に戻り、和尚さんにこう言います。

 「あんな立派な“鐘”の音は聞いたことがありません」と。

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