インタビュー
» 2012年04月13日 11時00分 UPDATE

ライトノベルで農業を描いてみたらこうなった――『のうりん』著者インタビュー (1/3)

現実と離れた題材が取り上げられることが多いライトノベル。そんな中、農業高校を舞台に大胆な筆致で農業に関わる人々を描いたライトノベル『のうりん』が静かに話題となっている。著者の白鳥士郎さんに、作品が生まれた経緯や反響について尋ねた。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 1990年代後半をピークに、雑誌・書籍とも低落傾向にある出版業界。そんな中でも、2009年の販売額を301億円と、その5年前より13.6%伸ばしているのがライトノベルだ(「ライトノベルで勝負 角川に挑む講談社・集英社」)。

 ライトノベルでは現実と離れた題材が取り上げられることも多い中、農業高校を舞台に大胆な筆致で農業に関わる人々を描いた作品として話題になっているのが白鳥士郎著『のうりん』(GA文庫)である。農業高校を1年以上取材した中から生まれた『のうりん』はシリーズ累計で14万部を販売、この春にはマンガ化やドラマCD化も行われることとなった。

 近年、マンガ界では農業高校を舞台にした荒川弘作『銀の匙』や農業大学を舞台にした石川雅之作『もやしもん』がヒットしているが、ライトノベルで農業をテーマとした作品は異色。『のうりん』が生まれた経緯やその反響について、作者の白鳥士郎氏とGA文庫編集担当者の小原豪氏に尋ねた。

ah_nou1.jpg ライトノベルのテイストで農業を描いた『のうりん』(イラスト:切符)

『のうりん』あらすじ

岐阜県立田茂農林高校の生産科学科栽培専攻に所属する畑耕作は、アイドルの草壁ゆかに熱を上げるオタク。同専攻の世話焼き幼馴染の農、親友の継、畜産専攻の巨乳少女の胡蝶らと、未来の日本農業を担うべく、騒々しい高校生活を送っていた。そんなある日、「草壁ゆか、電撃引退」の報に衝撃を受けて、耕作は寮の自室に引きこもってしまう。同じく寮生の農と継に引かれて教室まで来ると、担任のアラフォー独身女教師ベッキーがアイドルの草壁ゆかにそっくりの転校生を連れてきた……。


1巻が出るまでに農業高校を1年間取材

ah_nou2.jpg 『のうりん』1巻(GA文庫、イラスト:切符)

――なぜ、農業をテーマにライトノベルを書くことにしたのですか。

白鳥 基本的に学園モノありきでお話をいただいていました。ただ、学園モノは『らじかるエレメンツ』という作品で1回やったんですね。変わった部活に入るという内容だったのですが、同じものをやるのは避けたかったので、学校そのものを変えてみようということで農業高校を舞台にしました。

 私は船が好きだったので、商船高校についても考えました。しかし、素人の視点から見られないので、ネタの選び方がマニアックになってしまうんですね。あるネタが面白いかどうかを、読者の視点から判断できないんです。私は農業については素人だったので、取材してみて面白いと思ったものは読者にとっても面白いと思うものだろうから、読者とシンクロできるだろうと考えたのです。

 窯業の街である岐阜県の多治見市に住んでいるので、工業高校のセラミック科に行こうかとも思ったのですが、たまたまある農業高校につてがあったので、そちらを取材することにしました。

――学園モノという前提があったのはなぜですか。

小原 学園モノの方が読者に受け入れられやすいからということがありますね。農業という題材については、「まあ、なしではないよね」というイメージでしたが、白鳥さんは読ませる物語を書かれる作家なので、学園モノというジャンルの中で選んでいただいている時点で面白いものになるだろうという感じはありました。

――農業高校をどのように取材されたのですか。

白鳥 友達の同級生が農業高校の先生をしていたので、面識はまったくなかったのですが「会わせていただけませんか」とお願いしました。そして学校を見せていただいて、校長先生にも会ったら「好きなように見ていってください」と好意的でしたね。

 公立高校なので、私の中で「市民が観に来たら嫌だとは言わないだろう」という腹積もりはあったのですが(笑)、もちろん背広を着て、「お願いします」と頭を下げて、名刺も渡してという形で進めました。教育の現場なので礼儀をしっかりするのと、チャラチャラした格好では行かないということは気を付けていますね。

 校長先生がこういう試みに理解があって、「うちの学校の生徒が頑張っている姿をいろんな人に見てほしい」とおっしゃっていました。

――具体的にどのようなことを取材されましたか。

白鳥 学校に行って、まず施設を見て、その後に生徒や先生のお話をうかがいました。高山市で行われる牛の品評会である共進会に一緒に行ったりもしました。

 また、市の図書館に業界ナンバー1の雑誌の『現代農業』のバックナンバーが3年分あったんですね。それを全部読んで、関連して興味を持った本も読んで、「面白そうなネタについて読んだんだけど、現実はどうなっているのか」と聞きに行ったりしました。

――印象に残った話はありますか。

白鳥 例えば、すごい技術が身近な小さな牧場で使われていることですね。ホルスタインという乳牛がいますよね。乳牛は妊娠していないと乳が出ないので妊娠させるのですが、その子どもがオスだと困るんですね。ホルスタインは肉としての価値はありませんから。かつてはオスとメスが生まれる確率は半々でしたが、今は北海道の技術が進んでいて、精子にマーキングすることで非常に高い確率でメスを生ませることができるんです。

 そうなると岐阜県では対抗できないので、岐阜県では乳牛を自分たちで繁殖させるのはやめて北海道から買ってこようという話になっていたのですが、一方でエンブリオ・トランスファー(胚移植)という技術があるんですね。それはホルスタインに黒毛和牛の受精卵を入れて、黒毛和牛の子どもを生ませる技術です。黒毛和牛は肉牛として数十万円で売れるんです。

 つまり、ホルスタインの乳を生産しつつ、黒毛和牛の子どもも生産できるという技術です。そういう技術をその辺のおっちゃんが使っているんです。そこまでしないと生き残れない厳しい世界ということでもあるのですが。

 また、農業高校では200万円くらいで、実際にイチゴのビニールハウスを作ってしまうんですね。そのお金は県の予算から出されるのですが、破格の安さです。予算から出される代わりにイチゴの売り上げは県のものになるのですが、そうした農作物の売り上げは年間数千万円くらいになるそうです。

 農業高校の生徒たちは、とにかく人懐っこいですね。彼らは3年間が終わったら社会に出ないといけないので、行儀を叩きこまれるというか、しっかりとしています。シャイなので話しかけないと、話しかけてくれないところはありますが。ただ、やんちゃに見える子でもあいさつしてくれる感じです。

――1巻が出るまで、どのくらい取材をされたのですか。

白鳥 2010年7月末に取材に行って、2011年8月に1巻が出たので、だいたい1年くらいですね。執筆期間は3カ月くらいで、2011年1月から書き始めて、4月には原稿をお渡ししていました。

 完全に手弁当で行って、逆に私も取材先の人たちに何かを差し上げたりしたことはないんです。もちろんでき上がった本はお渡ししましたが、お金を払ったり、何かの便宜を図ったりとかはありません。みなさん喜んでといいますか、最初はぶっきらぼうに見える方もいらっしゃいますが、行って話せば教えてくれました。

 実家で土建業の仕事も行っていたので、毎日取材したわけではありません。最初のころは週に1回行っていましたが、平均的には月2〜3回ですかね。行かない日は仕事の合間に文献を読んだり、プロットを立てたりしていました。

――母校でもないところに1年間も取材するというのはなかなか難しいと思うのですが。

白鳥 道が空いていると、クルマで10分くらいで行ける場所にある学校ですから。

 それに、ゆっくり時間をとってやってみたかったということもあります。もともと売れていない作家なので、「今までの読者が離れてしまうんじゃないか」とか全然考えなくて良かったので、ある意味、名前を変えてもいいくらいの勢いで行きましたね。プレッシャーもまったくありませんでした。

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