現場に“共犯者”がいないと良い作品はできない――アニメと広告は融合するか(後編)神山健治×博報堂(4/5 ページ)

» 2012年03月31日 00時01分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

アニメーション業界の“天地創造”する力

――受発注の仕組みを変えるためにスティーブンスティーブンが設立されて、この1年でどう変わったのでしょうか?

石井 私からすると劇的ですね。企業が何を求めているかが全部、古田さんたちを通じて私たちの方に来るので。今までは「話してみると違った」ということが本当に多かったので、まずそれが大きいです。

神山 とても複雑な発注の仕方をされたCMがあったんですね。隠喩的に例えると、チョコレートを売るためのCMなのですが、「チョコレートに入っている砂糖を宣伝することがNGなので、別のお菓子ばかりを食べているとチョコレートを食べたくなるCMにしてくれ」というような発注だったんです。

 従来の発注受注だと、古田さんが「困ったなあ」と思いながら受注して、ひねりをきかせた企画を作ってきたと思うんですね。でも、制作現場はその裏事情を知らないから、石井プロデューサーがその話を受けた時に「何でそんな回りくどいことをするんですか。チョコレートのCMをすればいいじゃないですか」というのを説得するために2週間、その後、石井プロデューサーがようやく意味を理解して、現場に説明した時、「何でそんな回りくどいことするんだ。チョコレートのCMを作ればいいじゃないか」というのを説得するために2週間というようになってしまうんですね。

 現場からすると、「チョコレートのCMだと聞いていたから、俺たちは受けようと思ったんだ。『別のお菓子をいっぱい食べていたら、チョコレートを食べたいなという気持ちになっているCMを作ってくれ』と言われても嫌ですよ」となってしまうんです。

 でも、一緒にその説明を受けて持ち帰ってきて、どうやってチョコレートを出さずにチョコレートを食べたくするかというCMを作ろうかということを最短で全員が共有して、協議がスタートできるようになった。そして同時に、それを企業側にも理解していただけるようになり始めたというのが今の状況です。2本、3本とCMを作っている間に、お客さんである企業に「ああ、そういうことをやられる会社なんですね」と理解してもらえるようになったことが、この1年の一番の前進だと思います。

 ただ、アニメーション業界にはそういうことはまだ伝わっていないと思います。アニメーション業界からすると、「神山がCEOとかしゃらくせえな」というくらいだと思います。しゃらくさいと思ってもらうところまでいっていればむしろ成功で、まだそこまでいってないかもしれないですね。「神山が会社を作ったらしいけど、聞かねえからつぶれたんじゃない?」みたいな。

石井 アニメーションは作って納品したら終わり、というところが少なくありません。ですが、宣伝に力を入れていらっしゃる方々からは、大きな興味を持っていただいているな、と日々感じています。

神山 また私たちが作ったCMは企業側の許可もいるとは思いますが、作品扱いにできるので、YouTubeにアップするなどして何度も見てもらうこともできますね。

――テレビアニメや劇場アニメではなくても、作品としてアピールできるのはいいですね。

古田 日本のアニメーションはハリウッドからオファーが来るくらい世界に通じる表現なのですが、そのコアにあるのは監督の作家性です。物語や世界観を創造するのにつちかわれた力を、どんどん課題解決のためのソリューションに盛り込むことができます。

クリエィティブディレクターの古田彰一氏

石井 スティーブンスティーブンのメンバーは常に「未来はこうなっているだろう」という話をしているので、それがアニメーションにも広告にも生きるというのが、会社を作った大きな利点じゃないですかね。

古田 アニメーション監督の能力は天地創造の能力です。一緒に仕事を始めてから改めて驚いたことの1つに、登場人物の足の裏までデザインしておかないと歩くシーンさえ描けないということがあります。人々がどんな場所に住んでいて、どう生活しているのかをものすごく時間をかけて想像して、毎回天地創造をしているんですね。

 それは今の広告業界に足りないことで、広告業界のクリエイターにしてみるとうらやましいことです。バブルのころまでは、広告業界のクリエイターは1本の企画について、連日朝まで議論していました。なぜなら2カ月に1本、CMを撮れば良かったから。同じことを議論し続けることは一見非効率なようですが、人間の本質に迫る大切な作業です。

 しかし、すべてが効率重視になり高速回転するようになると、どんどん議論の時間が減るんですよ。神山さんや石井さんのようなアニメーション業界の人たちが、そうした深い議論をずっとやり続けているというのは非常にうらやましいし、大事なことだと思います。それがないと天地創造だったり、本当の意味での課題解決ができるようなクリエイティブは作れないはずです。

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