「社員の声を聞きまくれ!」がもたらした企業変革(2/3 ページ)

» 2012年03月30日 08時00分 公開
[石塚しのぶ,INSIGHT NOW!]
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CEOの役割を再定義する

 「CEOの役割とは社員に力を発揮させ、彼らが自分でアイデアを思い付き、仕事に全存在を投入し、変革を起こす権限を受け入れることができるよう支援することである」

 この考え方を基盤に、ナイアー氏は「社員の声を聞く」ための仕組みを次々と考案し、導入していく。同氏の言葉を借りると、それは「ピラミッド型組織をひっくり返す」ための触媒であった。

 例えば、社員が質問を投稿し、CEOや経営陣がそれに答えるというオンライン・フォーラム。U&I(あなたと私)ポータルと呼ばれるこのフォーラムは、当初、社内の透明性を高め、社員と経営陣の間の対話を促進する目的で始められた。

 しかし、後にナイアー氏は同Webサイトの中に「私の質問」というセクションを設け、CEOが答えられない、もしくは自分で解決できない問題に対して社員の意見を求めることを始めた。経済危機のただ中にあっては、「景気後退の脅威にどう対応すべきか」と社員の意見を仰いだところ、経費削減のアイデアが無数に寄せられ、そのうち15件が採択、実践されて成果をもたらしたという逸話がある。

HCLテクノロジー公式Webサイト

実践が示すメッセージの威力

 「社員の声を聞く」試みとしてナイアー氏が行ったことはほかにもたくさんあり、その詳細はぜひ、同書を読んで学んでいただきたい。しかし、最も注目すべきは、同社が社員の声を聞くためにどんな仕組みを用いたのかということではなく、その実践が社員に伝えたメッセージとその威力である。

 例えば、CEOが「答えられない、あるいは解決できない」質問について社員の意見を仰ぐという仕組みは、「CEOだけが企業変革に必要な知恵や権限を持っているのではなく、むしろ、変革の責任と権限は全社員に委ねられている」というメッセージを強烈に打ち出した。

 また、先に述べた例では、経済危機のただ中に「景気後退の危機を乗り越える方策」を社員に問いかけることによって、優れた経費削減のアイデアを得られたというばかりではなく、社員のモチベーションを上げ、業績向上をもたらす結果となった。「不況を乗り切るには」という会社の経営に関わる深刻な難題を投げかけられたことによって、社員は「頼りにされている」と感じ、売り上げに貢献しようとより一層の意気込みをもって顧客の価値創造に励んだというのだ。

 同じ時期、多くの企業では不況への対応策を講じる話し合いが会議室の閉ざされたドアの向こう側で行われ、これが社員の不安をあおり、やる気と生産性を減退させる原因となった。競合がマーケットシェアを失う中、HCLテクノロジーが目覚しい成長を続けたことは言うまでもない。

 同じような逸話は、卓越した企業文化で知られる米国の航空会社、サウスウエスト航空の社史にも存在する。2001年の同時多発テロ以降、米国の航空業界をすさまじい不況が襲い、多くの航空会社が人員削減を余儀なくされた時、サウスウエスト航空は人を解雇せず、なおかつ赤字を出さなかった唯一の航空会社であった。

 同社の経営陣は、会社が深刻な経営難にあることを社員に開示した上で、「人員削減は行わない」と断固として宣言したが、社員はその誠意に応え、合計130万ドル相当の自主減俸を申し出たのである。会社の経営に参加する責任と権限を委ねられた時、社員がいかに大きな力を発揮するかを物語る逸話である。

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