スティーブンスティーブンが目指すアニメと広告の融合とは(前編)神山健治×博報堂(3/4 ページ)

» 2012年03月30日 08時01分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

今までは企業との意思疎通がうまくいかなかった

石井 アニメーション業界側からお話しすると、テレビアニメはちょっと違うのですが、劇場アニメだと企画して、作って、宣伝して、売るところまで、製作委員会を組成して、全て自前で行います。宣伝費だけで告知する事には限界がありまして、企業とのタイアップが非常に大事になってきます。

 ただ、企業は「顧客にテレビや携帯電話を売りたい」と考えておられますが、私たちは「お客さんに、この作品を見てほしい」と考えているわけです。タイアップが決まっても、企業の求める落としどころと、映画の求める落としどころが合致していなかったということが、タイアップを成功させる上での大きな課題でした。

 それを成立させているのはスタジオジブリだと思います。「○○という会社はスタジオジブリ作品を応援しています」というように、国民的イメージが高いスタジオジブリ作品をその企業が応援していることによって、結果その企業のイメージもアップするだろう、ということです。しかし、私たちのように、まだブランドを確立していないチームにとって、それはまだ難しい。

2011年夏の映画『コクリコ坂から』で、スタジオジブリはKDDIとタイアップを行った(出典:KDDI)

 そうであるなら、企業が売りたいものと自分たちが作っている作品の内容をもっと結びつけ、映画の宣伝にも企業のプロモーションにも積極的に活用できるものが作れないだろうか、というのが、会社を作った大きな目的の1つです。

 宣伝の時に一番大事なのは言葉です。この作品はこういう意図で作られ、監督とスタッフがこういう思いで作っています、というものです。しかし、そういう言葉は、製作委員会やビジネスの場からはなかなか生まれにくい。映画側においては「作品が何を描こうとしているのか」という言葉を生み出すのは監督で、それをさまざまな出口に置き換え、最終的に宣伝を通してお客さんに届けるのがプロデューサーの役割です。

 一方、企業との広告活動でもやっぱり言葉が大事で、それを広告業界でやっているのがクリエイティブディレクターです。そういう意味でクリエイティブディレクターの古田さんと会社を作ることは必然でした。

 今この時代に、かたや映画、かたや企業の商品をどういう考え方でどう売って、結果、お客さんに共感してもらえるかという言葉を作るためには、一期一会の関係では難しい。今の時代はどういう時代で、私たちは何をするべきかを考え、そのアイデアをそれぞれの主戦場に持ち帰って繰り広げるための組織が必要だったのです。

 なぜそれが今までできなかったかというと、アニメーションの2つの特徴によるものです。1つは作るのに時間がかかること、もう1つは良くも悪くも作家主義なので、オーダーに応えて柔軟に作れる人があまりいないことです。しかも絵なので、でき上がった時に直せない。

 時間はかかる上に企業の思い通りのものがなかなか作れない、さらにでき上がったものを企業の要望に応じて直せないということもあって、今まで何度もアニメーションCMは作られてきて、何となく変わったテレビCMはできましたが、ちゃんと商品が売れたという結果を残せたケースはまれだったのではないでしょうか。いろんな選択肢がある中、「今回はちょっと変わったものをやってみよう」「じゃあ、アニメにしましょうか」というケースで企画が始まるのが、これまではほとんどでした。

 それを今回、バックキャスティングという考え方で、古田さんが企業の要望をより早く吸い上げて、それを監督に伝えて、監督は自分たちが作ろうとしている作品と企業の要望がどれくらい合致しているかを脚本的、演出的にも考えて、作るという仕組みを作ったのです。

古田 神山さんも一緒に企業の課題解決を考えるところが新しい。映画監督というこれまで映画を作るためだけに使われてきた才能が、広告のクリエイティブにも使われるようになったことは画期的です。スティーブンスティーブンの誕生によって、企業の課題解決に新しい道筋が生まれたと思います。

――今までもやる気のあるアニメ監督だったら、「俺もスタートラインから入れてくれ」とか言いそうな気もするのですが。

神山 これまでは間に入る人が、広告会社やクライアントに対しては現場を悪者にし、現場に対しては広告会社やクライアントを悪者にしていて、お互いを喧嘩させないという意味では良いつなぎ役だったのかもしれないですが、お互いが仲良くなる形でつないでくれなかったんです。

 それを古田さん、石井プロデューサー、私がやろうじゃないかとなったのです。現場に一番近い私が現場は説得し、企業は古田さんが説得し、石井がその間に入って調整をするということがバランスよくできるようになったということですね。

石井 古田さんがいらっしゃる前は私がつなぎ役をやっていたのですが、間に色んな方々が介在しているので、企業で実際に戦略を組み立てている方と私がなかなか会えなかったんです。

 ようやく作品ができあがってからごあいさつすると、「もっと早くお会いすれば良かったですね」と必ずなるんです。古田さんの存在で、そのストレスが劇的に減りました。

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