抽象的に考えることの大切さとは(1/3 ページ)

» 2012年02月08日 08時00分 公開
[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行う。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 「モデル(model)」という言葉は、最近いろいろな場面で使われる言葉です。大本の意味は「型」ということですが、そこから派生して、プラモデルやファッションモデル、ビジネスモデル、ロールモデルなどに広がり、いまではすっかり日本語の中に溶け込んでいます。この記事は、そんな中でも「概念モデル」について考えていくことにします。

 概念モデルとは、「物事の仕組みを単純化して表したもの」「概念のとらえ方を示すひな型」と言っていいでしょう。概念モデルとして秀でたものは世の中にいろいろありますが、私は次の2つを挙げたいと思います。

 まず1つ目に、エッセイスト・画家・ワイナリーオーナーとして活躍される玉村豊男さんの「料理の四面体」図。

 料理という概念を理解するのに、「煮る」とか「焼く」とかいった加工方法で分類するアプローチは、特段独創性のあるものではありません。玉村さんの発想の優れた点は、加工方法の観点からさらに一段抽象度を上げて、その根源となる4つの要素「火・空気・水・油」を“発見した”ことです。そしてさらにもう一段の抽象化、それら4要素の関係性を三角錐(四面体)の構造で表現したことです。

 玉村さんは火を頂点にして、空気・水・油へと伸びる稜線をそれぞれ「焼きものライン=火に空気の働きが介在してできる料理」「煮物ライン=火に水の働きが介在してできる料理」「揚げものライン=火に油の働きが介在してできる料理」と名付けました。こうすることで、煮物とか、炒めものとか、グリル、くんせい、干物、生ものがすべて意味をもって構造の中に配置されます。

 私たちはこのモデル図をいったん頭の中に収めてしまえば、料理という漠然とした概念を「形をもって把握する」ことができます。もちろんこれは1つの切り口からの整理にすぎませんが、それでもこの図を知った前と知った後では、料理への理解に大きな変化が起きたのではないでしょうか。

 もう1つ紹介しましょう。哲学者・九鬼周造が1930年に著した『「いき」の構造』(岩波文庫)で提示したモデルです。「粋」などという、まさにあいまい極まりない概念をよくぞこのような姿で示せたものだと感服します。九鬼は図化を積極的に行う哲学者で、ほかにも偶然性と必然性の論理を図に表して分析しています。

 九鬼は、粋の構成要素として8つの趣味(渋味・野暮・甘味・意気・地味・下品・派手・上品)を抽出し、「対自的/対他的」「有価値的/反価値的」「積極的/消極的」など彼独自の対立項を用いて、直六面体の構造に表現しました。九鬼は8つの頂点に配置された趣味以外のものも、この直六面体のなかでとらえられると説明しています。

 例えば──「“さび”とは、O、上品、地味のつくる三角形と、P、意気、渋味のつくる三角形とを両端面に有する三角柱の名称である」「“雅”は、上品と地味と渋味との作る三角形を底面とし、Oを頂点とする四面体のうちに求むべきものである」「“きざ”は、派手と下品とを結び付ける直線上に位している」といった具合です。

 九鬼の場合、こうした風流をめぐる美的価値を1つ1つ言葉上で定義するのではなく、直六面体のモデル上に相対的な位置関係で示すというアイデア自体が、優れて独創的であると思います。概念モデルを図に落とし込む作業は、ある意味、アート作品をこしらえる作業にも通じるところがあります。モデル図は、もちろん理解しやすいということが必須要件ですが、美しいことも大事な要件です。

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