欧米は日本バブル崩壊の轍を踏むか?――日銀・白川総裁が語る世界経済の未来(6/6 ページ)

» 2012年01月24日 16時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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中央銀行の役割

白川 そろそろ時間がなくなってきたので話を締め括らなければならないが、最後に、この困難な時期における中央銀行の役割というテーマに関して、ごく簡単に考えを述べたい。

 先ほど、バブル崩壊後の欧米諸国と日本との類似性を4つ挙げたが、もうひとつ類似点がある。それは、中央銀行の果たすべき役割について、人々の見方が鋭く分かれることである。

 米国ではQE2※に対する政治家からの否定的な反応に示されるように、どちらかと言うと、中央銀行の積極的な行動に対する批判の方が強いように見える。しかし、その他の多くの先進国では、低成長を背景に、中央銀行への期待や要求が高まっているように見える。特に欧州におけるソブリン債務危機への対応を巡る最近の議論をみると、その感を深くする。

※QE2……FRBが2010年11月から2011年6月まで実施した量的金融緩和策のこと。FRBが6000億ドルの米国債の買い入れを行って大量のドルを市場に供給した(Business Media 誠編集部注)

 中央銀行が物価と金融システムの安定という重要な役割を担っていることは言うまでもないが、中央銀行はすべての問題を解決できる組織ではない。特に、ゼロ金利とデレバレッジングで特色付けられる経済においては、そうである。実際、主要国の中央銀行総裁は私自身も含め、最近、そうした趣旨の発言を行っている※。尊敬するイングランド銀行のキング総裁の言葉を借りると、「金融政策に達成を期待できることには限界がある(There's a limit to what monetary policy can hope to achieve)」である※※。

※以下の発言を参照。Bernanke, Ben S., Testimony at the Joint Economic Committee, U.S. Congress, October 4, 2011:“Monetary policy can be a powerful tool, but it is not a panacea for the problems currently faced by the U.S. economy.” Draghi, Mario, Interview with the Financial Times, December 14, 2011:“Monetary policy cannot do everything.”
※※キング総裁のインフレーション・レポート発表時の記者会見(2011年11月16日)。

 中央銀行が達成できること、あるいは中央銀行が達成できると期待されることは何であろうか。逆に、達成できないことは何であろうか。バブルの発生やその後のバブル崩壊、金融危機の過程を振り返って今思うことは以下の4つである。

 第1は、銀行に対する「最後の貸し手」として流動性を供給するという中央銀行の役割である。この役割は金融システムの安定を維持する上で極めて重要である。金融が急激に収縮してしまうと、経済活動も短期間に急激かつ大幅に落ち込む可能性が高まる。現在、欧州債務危機が深刻化している状況下、この教訓は皆が大事にしなければならない。

 しかし、同時に「最後の貸し手」としての流動性供給の本質は「時間を買う」政策であることも認識しなければならない。時間を買うコストは着実に上昇する以上、その間に構造改革を進めることが重要である。

 第2は、バブル崩壊後の金融政策についてである。金融緩和政策の効果の源泉は、将来の需要を現在に手繰り寄せるか、海外の需要を自国に持ち込むかのいずれかに求められる。しかし、前者のルートについて言うと、次第に現在に持ち込むことができる需要が減ってくる。後者のルートについて言うと、先進国全体が低成長の中では、ゼロサム・ゲームの色彩を帯びるようになり、世界経済全体の持続的成長という観点からすると、望ましくない。

 しかし、だからといって中央銀行が何もせずに責任を免れるわけではない。だからこそ、現在、主要国の短期金利がゼロ近くに低下している中で、日本銀行を含め、主要国の中央銀行は様々な非伝統的政策を使って長期金利を引き下げたり、信用スプレッドを引き下げることによって金融緩和効果を創出する努力をしている。しかし、それと同時に、中央銀行がこうした措置を講じて時間を買っている間に、必要な構造改革を進めることが不可欠であることを感じる。

 第3は、金融政策における成功のパラドックスについてである。金融政策の目的は物価安定の下での持続的成長を実現することである。この点は、インフレーション・ターゲティング※の枠組みを採用するか否かにかかわらず、日本や英国を含め、今や確立した考えである。

※インフレーション・ターゲティング……物価上昇率に対して中央銀行が一定の目標を定める金融政策の事(Business Media 誠編集部注)

 しかし、こうした金融政策が成功すればするほど、物価は安定し、経済や市況のボラティリティも低下する。安定的な環境が長期に亘って持続するという予想が拡がると、レバレッジや金融機関の資産・負債の期間ミスマッチが拡大しやすくなる。ところが、レバレッジやミスマッチは、何かのきっかけで大きく巻き戻される可能性を内包していることから、その拡大は経済の脆弱性を高める。バブルの崩壊とはその脆弱性が顕在化したものである。

 今回のグローバル金融危機以前は、バブルへの対応戦略に関して、事前の予防か、事後の後始末戦略かの論争があったが、バブル崩壊のコストはあまりにも大きいことが、今回の危機を通じて、誰の目にも明らかになった。過去のバブルはほとんどの場合、低インフレ下で生じた。経済を安定させようとして消費者物価指数の短期的な安定に過度に焦点を当てると、不安定性の増大という反対の結果を招いてしまう。

 バブルは低金利だけで発生する訳ではないが、低金利が長期間にわたって持続するという予想が拡がると、レバレッジや金融機関の資産・負債の期間ミスマッチが拡大しやすい。その意味で、中央銀行は金融政策の運営に当たり、金融的不均衡の発生にも注意しなければならないと思う。

 第4は、金融の規制・監督のあり方である。バブルの発生過程を振り返ると、資金の借り手、貸し手双方の積極的な行動に行き着くが、安定的な環境の持続に対する期待に加え、金融機関の場合には、規制・監督を通じて生じるインセンティブも影響を与える。

 バブル期における金融機関の積極的な行動を振り返ってみると、ほとんど例外なく、収益性の低下した金融機関が、規制・監督によって妨げられることなく、事後的にみればリスクの高い貸出に手を染めている。日本のバブル期もそうであったし、2000 年代半ばの世界的な信用バブル拡大過程における欧州の金融機関もそうであった。現在、各国の中央銀行や規制・監督当局は規制・監督の改革を進めているが、過度なリスクテイクの抑制と、金融機関の収益性確保という両方の課題のバランスをどうとるかも大きな論点である。

結語

 近年の金融危機は、ビートルズの歌にあるように、確かに、多くの人々に対し「涙の水たまり」を残した。この結果、ディケンズの言葉を借りれば、人々は、「およそ悪しき時代」にいるように感じている。

 しかし、我々は「およそ善き時代」にいるとは言えないかもしれないが、望みを捨てるには、まだ早い。我々は、直面している困難を解決する資源―すなわち、お金だけでなく、知性と組織的な能力―を有している。バブルが崩壊した後でも、経済を新たな環境に適合させ、二次被害に至るような圧力に屈しなければ、我々は新たな成長へと繋がる道を見つけることができる。必要なのは意志と決意である。最終的に、そうした強い意志と決意を持てれば、「長く曲がりくねった道」も短くすることができるのである。

 ご清聴に感謝する。

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