欧米は日本バブル崩壊の轍を踏むか?――日銀・白川総裁が語る世界経済の未来(5/6 ページ)

» 2012年01月24日 16時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

先進国は日本と同様の事態を経験するか?

白川 それでは、先進国は日本が過去に歩んだ「長く曲がりくねった道」を辿っていくのだろうか。もちろん、これはイエスかノーで答えられる問いではない。採用される政策は、経済的要因だけでなく、社会や政治の反応にも依存する。どの国でも社会や政治には固有の複雑さがあるが、そうした要因に関する私の知識は限られている。したがって、以下では直接的な答えを述べる代わりに、調整に要する期間の長さを左右する要因を3つ挙げることにしたい。

 第1の要因は、危機の前に積み上がった過剰債務の大きさである。過剰債務に関する大雑把な推計値をみるだけでも、調整に要する時間は長くならざるをえないように思われる。それだけ、2000年代半ばにかけて発生したグローバル信用バブルは、大規模であったということである。

 第2の要因は、潜在成長率の水準である。債務の規模が過剰か否かは、最終的に経済の規模に対する比率で判断できる。同じ額の債務を抱えていても、潜在成長率の高い経済の方が過剰債務の解消はその分早くなる。ただし、潜在成長率の大きさは固定的なものではなく、バブル崩壊後の政策や社会の反応によっても変わってくる。その意味で、バブル崩壊による二次被害(collateral damage)を回避することが非常に重要となってくる。

 二次被害はさまざまな形で顕在化する可能性がある。たとえば、デレバレッジ進行下の低成長経済では、社会の不満は高まり、しばしば保護主義や過度に干渉主義的な政策がとられやすい。政治的・社会的理由から存続可能性の低い企業への貸出が続く場合は、生産性が徐々に低下し、潜在成長率が低下する。

 さらに、金融政策も捻じれたインセンティブを与える惧れがある。低金利政策や潤沢な流動性供給は必要な措置であるが、他方で、これが長期化すると、非効率な企業を温存することを通じて生産性を引き下げる要因ともなり得る。低金利が政府の財政バランス健全化に向けた動きを遅らせる場合も、経済全体としての調整は遅れることになる。

 人口減少も潜在成長率を引き下げることを通じて過剰債務の調整を長引かせる。人口増加率の低下や高齢化は先進国に共通の問題であるが、この点、日本はより深刻である。日本の人口増加率は米国、ユーロ圏、英国と比較すると、最も低いが、それ以上に、人口増加率低下の速度が速いことが経済や社会に様々な負荷をかけている。

 他方、欧米諸国は日本と比較すると、人口増加率は高いが、移民による人口増加の寄与度が大きい。しかし、この要因による人口増加は経済の低迷が続けば、減少することも予想される。

人口増加率(出典:日本銀行)

 第3の要因は、海外経済の成長率である。日本は2000年初頭以降、バブル崩壊後のデレバレッジの影響から徐々に脱していったが、これには海外経済が過去数十年間に例を見なかったような高成長を遂げたことの恩恵という面も大きかった。

(出典:日本銀行)
(出典:日本銀行)

 しかし、振り返ってみると、当時は、世界的な信用バブルの発生・拡大過程であり、また新興国の力強い成長に牽引されていた時期であった。現在、先進国はバブル崩壊後のデレバレッジの影響から総じて低成長を余儀なくされていることを考えると、新興国がインフレやバブルを回避しつつ成長を遂げることが出来るかどうかは非常に重要である。

 デレバレッジに必要な期間の長さを左右するこれら3つの要因のうち、最初の要因─当初の過剰債務の大きさ─は、バブルの崩壊により、所与となってしまう。しかし、残りの2つ―各国経済の潜在的な成長力とグローバル経済全体として成長のモメンタム―については、影響を与えることが可能である。

 バブル崩壊後は、金融システムの安定を保つことが重要であるが、それと同時に、経済を新たな環境に適合させ、二次被害に至るような圧力に屈しないことが重要である。そのためには、強い意志と決意を持たなければならない。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.