欧米は日本バブル崩壊の轍を踏むか?――日銀・白川総裁が語る世界経済の未来(1/6 ページ)

» 2012年01月24日 16時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
日本銀行本店

 バブル崩壊後、「失われた10年(もしくは20年)」とも言われる低成長時代を経験した日本経済。リーマンショックを経て、欧州債務危機が深刻化するに従って、「欧米経済も日本のように『失われた10年』を経験することになるのか?」とささやかれるようになっている。

 日本銀行の白川方明総裁は、1月10日に英国のロンドン大学経済政治学院で行った講演で、リーマンショック後の欧米経済の推移と、バブル崩壊後の日本経済の推移には多くの類似点があると指摘。欧米が日本と同じ道を歩まないようにするためにはどのようなことがポイントとなるか、そしてその中で中央銀行の果たすべき役割は何なのかということについて語った。その内容を詳しくお伝えする。

※この記事は日本銀行の講演資料「デレバレッジと経済成長―先進国は日本が過去に歩んだ「長く曲がりくねった道」 を辿っていくのか?―(日本銀行Webサイトにリンク)」をもとに、Business Media 誠編集部の責任のもと注釈の追加などを行って転載したものです。

はじめに

白川 「それはおよそ善き時代でもあれば、およそ悪しき時代でもあった…※」

※Dickens, Charles, A Tale of Two Cities, 1859を参照(『二都物語』(上)、中野好夫訳、新潮文庫)

 来月で生誕200年を迎えるチャールズ・ディケンズの「二都物語」の冒頭は、このように始まる。この有名な一節は、小説では1775年を指しているが、2012年の我々の心にも訴えかけるものがある。世界各国で占拠運動を行っている抗議者が不満を訴えていることは十分承知しているが、今日の先進国の人々は、ディケンズが描いた英国における厳しい現実と比べれば、遥かに高い生活水準を享受している。

 ディケンズの分身である、若きデビット・カッパーフィールドの数少ない贅沢といえば、この講演会場から数ブロック先にある古式ローマ風呂で、冷たい水に飛び込むことであった。一方、今日の人々が、世界経済が最悪の状況にあるかのように感じていることも事実である。増大する政府債務や人口の高齢化、グローバリゼーションが引き起こす課題など難しい問題が存在しており、経済成長の鈍化が、こうした困難に拍車をかけている。

 このような先進国の陰鬱な経済見通しを語る際、最近は日本経済の経験が引用されることが多くなっている。過去20年の間、日本の経済成長率は、実質で年率1.0%、名目で0.4%と低迷した水準が続いている。

日本の経済成長率の長期推移(出典:日本銀行)

 投げ掛けられる問いは、「我々は日本と同じように、『失われた10年』―最近は『失われた20年』という言葉も用いられるが―を経験するのだろうか」といったものである。

 日本の中央銀行総裁としては、日本の経験が否定的な文脈で語られることには複雑な思いを禁じ得ないし、後で理由を述べるがこの20年を一括して論じるのは適当ではない。それでも、この問いが他の先進国にとっても、多くの思考材料を提供していることは事実である。

 そこで今晩は、2人の才能に恵まれたリバプール人と彼らが40年前に作った歌には申し訳ないが、「先進国は日本が過去に歩んだ『長く曲がりくねった道』を辿っていくのか?(Is the Developed World Following Japan's Long and Winding Road?※)」と題して、自分の感じていることを述べてみたい。私の話が皆様に何がしかお役に立つことになれば、幸いである。

※ビートルズの楽曲『The Long And Winding Road』をもじっている(Business Media 誠編集部注)
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