行動経済学は社会を変えられるか?――イグノーベル賞教授ダン・アリエリー氏に聞く(3/4 ページ)

» 2011年12月14日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

企業マーケティングに見る行動経済学

――行動経済学的に優れている企業のマーケティングについて教えてください。

ダン 『FarmVille(ファームビル)』という農場育成ゲームがあります。ゲーム自体は大したものではなく、たまごっちの延長上にしかないものです。ただ、それにソーシャルな側面を多く加えています。

農場育成ゲーム『FarmVille』。mixiなどで展開されている『サンシャイン牧場』の元祖となるゲーム

 先ほど、私たちには自分の利益に関係なく、他人のことを気にする不合理性があると言いました。ファームビルでは他人の畑に勝手に行って世話することができるのですが、みんなそれを意味もなく不合理ですがやります。そして自分の畑を世話してもらうと、何となくお返ししたい気持ちになって、今度は相手の畑を世話しに行くようになります。

 現実世界でも誕生日プレゼントをもらった時は、くれた相手に返さないといけないと思うのではないでしょうか。誕生日プレゼントは数年間のサイクルで行われますが、ファームビルではそれが2分間のサイクルで行われることになります。お互いやり取りをするということが際限なく行われて、大きなムーブメントになっています。

 ファームビルの特徴として、2つのシグナリングが挙げられます。1つは外部にシグナルを送る行為で、自分が何を着ているとか、何を食べているとかで、他者にアピールする行為です。

 そしてもう1つ、自分に対して自分が誰かというメッセージを送る内部的なシグナリングもあります。例えば、良く整った、たくさん収穫できる畑を作ったということが自分で見られるわけです。それで自分がいかにちゃんとした人間であるかということが証明できるわけです。誰にも見えない有名ブランドの下着を着るのと同じで、自分に対するアピールになるわけです。

 ファームビルがこれだけヒットしているのは、この2つのシグナリングが機能して、人々に満足感を与えているからだと思います。中毒的なものもあるとは思うのですが、それによってたわいのないゲームが大ヒットしているのではないでしょうか

――伝統的な産業もマーケティングで行動経済学を利用しているのでしょうか?

ダン 昔、フォードから助成金を得て研究したことがあるのですが、クルマに乗っている人は多くの不合理な活動をします。例えば、居眠り運転、メールを打ちながらドライブする、大音量で音楽をかける、一旦停止しないといったことですが、それを防ぐためにどうしたらいいかという研究をしました。

 また、アウディのWebサイトで、パーツを自由に組み合わせて自分のクルマを作るというものがありました。エンジンのサイズやライトの種類などが選べたのですが、最初、プルダウンメニューの項目として何も設定していなかったんですね。クリックして、複数の選択肢から選べるようにしていたのですが、設定を変えて初期設定で高いものを選択しているように変更したんですね。すると、みんなより高級なクルマを設計するようになりました。

 人は選択肢がたくさんあると、だんだんめんどくさくなって、「デフォルトのままでいいや」となる傾向があるので、そういうサイトの作りにすることで、より高価なものをユーザーに買ってもらうような工夫はできますね。

 また、ダイエットなどの医療サービスなどを手紙を通じて、定期的に提供するエクスプレス・スクリプツという会社があります。エクスプレス・スクリプツでは薬を送る時、ジェネリック医薬品も選択できるようにしているのですが、顧客はみんな従来通りの高価な薬を使い続けていました。

 ある時、私のところにエクスプレス・スクリプツの人が来て、「人々はジェネリック医薬品が好きじゃない」と言ったのですが、私は「ジェネリック医薬品を気にいっていないというのは1つの可能性かもしれないけど、単純に面倒だから『ジェネリック医薬品を使いたい』と返事していないだけなんじゃないか」と答えました。人はプライオリティの低いことについては、特に行動しないのが常です。

 そこで、「どちらの薬を使うか、ちゃんと選んで返事を送ってください。返事がなければ、薬を送るのは終わりにします」と手紙を送ったらどうかとアドバイスしました。すると、顧客の90%は「ジェネリック医薬品でいいです」という返事を送ってきたそうです。

 もしかすると、人々はちゃんとしたブランドの薬の方を好んでいるのかもしれないですが、そんなことよりも、道のちょっとしたでこぼこ、この例だとポストに手紙を投かんするめんどくささの方が、手紙の内容よりもっと人々が手紙を返さない理由になるんです。人の行動を本当に変えたいと思うなら、細かいディティールに目を配ることが必要です。

客観的に証明できる以上に製品の価値を誇大に宣伝するのは、誇大宣伝の程度によっては、真実の誇張にもなれば、まったくのうそにもなる。しかし、これまで見てきたとおり、医療、栄養ドリンク、市販薬などに対して人々が感じる価値は、本物の価値になる場合がある(『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』第11章から)

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