行動経済学は社会を変えられるか?――イグノーベル賞教授ダン・アリエリー氏に聞く(2/4 ページ)

» 2011年12月14日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

印象に残る3つの実験

――行動経済学についてさまざまな実験を行われていますが、印象的な実験について教えてください。

ダン 3つあります。

 1つ目は最初の決断についての実験。最初にした決断はずっと頭に残っていて、関連する決断をする時に何回も影響を与えます。例えば、社会保障番号の下2ケタを思い出してもらった後、まったく関係ないものの値段を予想してもらう実験をしたところ、社会保障番号の下2ケタの数字が予想結果に影響を与えることが分かりました(アンカリング効果)。

 2つ目は意味についての実験。人がある物事にどれだけ意味があるかを認識することが、結果に影響を与えるということです。支持するか支持しないか、意味を見出すか見出さないかによって、そこからもたらされる結果には重大な差異が生まれます。

 今、気になっているテーマは「不正直な行為」についてです。人はいろんな小さなごまかしをしているのですが、それについてはみんな目をつぶって、「自分はごまかしのない人間だ」と思っています。

 例えば、報酬によって、物事の見え方が変わってくるということがあります。証券マンが顧客に株を売る時、「この株をたくさん売れば、自分にボーナスが入る」と思うと、ひどい銘柄でもだんだん良く見えてきてしまうんです。良い銘柄だと信じることによって、「この銘柄は本当に顧客に売っていいものなんだ」と自分に対するごまかしが起こるのです。

 金融危機が起こった時、私たちはどうしても「その原因は悪い目的を持ったすごく悪い人たちがいたから」と思いがちです。しかし実際に調べてみると、悪いとされた人たちもまともな意図を持っていたのですが、報酬によってゆがんだ見方を持ってしまったということが分かりました。本人たちの意図そのものに悪意があったのではなく、一応本人たちとしては「顧客をもうけさせよう」と思ってやったことが、金融危機を生み出す結果になったのです。

――なぜその3つが印象に残ったのですか?

ダン この3つには、伝統的な経済学では想定しえないコンセプトがあるからです。これらによって私たちが住んでいる社会や経済の実像を示せたり、社会全体を見わたせるような気がするので、重要だと思っています。

――伝統的な経済学では、なぜそうしたことができなかったのですか?

ダン まず、伝統的な経済学が嫌いなわけではないと言わせてください。伝統的な経済学も人々の内面や考え方について、意味のある見方を提供しています。ただ、それは全体の一部しか見ていません。

 伝統的な経済学では人間の行動について本当は一部しか分かっていないのに、ほとんどの経済学者はすべてを分かっているようなふりをします。「我々は経済学さえ知っていれば、人間の行動についてすべてが分かる」と言うので、私はそこが非常に問題だと思っています。「一部しか知らない」と彼らが認識してくれればいいのですが。

 伝統的な経済学は理論に縛られています。理論をもとにすべてを考えるので、かなり制約が多いと思います。また、それゆえにほかの学問を参照することを怠っているので、いまだに全体像の一部しか見られていません。よりデータを活用したり、心理学などを取り入れたりすることで経済学はもっと良くなるのではないかと思っています。

――なぜ今、行動経済学が注目されるようになったのでしょうか。

ダン 皮肉なことですが、金融危機が大きなきっかけになったと思います。金融危機のような問題が起こった時、既存の経済理論では説明できないことがたくさん起こります。

 富の象徴と思われていたウォール街が経済危機であんなに簡単に崩壊してしまったのを目の当たりにして、「これは何なんだろう」とみんな思い始めたのではないでしょうか。そしてそこで何が起こったのかを検証する時、伝統的な経済学で説明できないギャップを埋めるため、行動経済学が注目されてきたのではないでしょうか。私の最初の書籍は(リーマン・ショックが起こった年である)2008年初頭に刊行したのですが、タイミングとして良かったと思います。

――反響はいかがでしたか。

ダン それ以前に論文を書いた時も、みんな喜んではくれました。しかし、「面白い話は書いてあるけど、これは学問的に重要なことではないし、大きなお金の動きも説明していない。友達や家族にちょっと話すなら面白いね」という程度の評価でした。

 しかし、金融危機後は私が実験でやってきたようなことが、とがった考え方ではなく、実際に金融の世界で起こっていることなんだととらえられるようになりました。大会社の良識ある人々があまりにも不合理な活動をしているとみんなが気付いて、学問として目を向けてくれるようになりました。

――ウォール街の人々が自らを正当化するために、利用したとも言えるのではないでしょうか。

ダン ウォール街の人々を強欲な犯罪者とみるか、それとも私たちと同じく間違いを犯すかもしれない人間とみるか、2つの見方があると思います。

 もし、彼らを犯罪者ととらえるなら、やることは簡単です。彼らに罰金を払わせたり、長い年月を牢屋で過ごしてもらえばいいだけです。

 一方、彼らが間違いを犯すかもしれない人間だったとします。彼らがもし反省して、「なぜ間違いを犯したのか?」「なぜゆがんだ見方を持ってしまったか?」と私に問うてくれたなら、その理由をちゃんと説明して、彼らのビジネスを健全にできると思いますし、そうした方が彼らを犯罪者として責め立てるより良い結果を生むのではないでしょうか。

 銀行家や投資家たちを全員牢屋に送って、新しい世代の人たちに入れ替えても、多分まったく同じように経済危機が起こるだけです。それは根本的な問題が解決されていないからです。彼らを悪者だと決めつけるのは、あまりに単純過ぎる考え方です。私たちも同じ立場にあったら、高い報酬のために、怪しい債券や証券が良いように見えて、彼らがしたことと同じようなことをした可能性も大いにあります。

値段がゼロだと製品はより多くの人にとってより魅力的になるものの、同時に、人々はほかの人の事をもっと考えたり、気にかけたりするようになり、ほかの人の利益のために自分の欲望を犠牲にするようになる(『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』第5章から)

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