コラム
» 2011年12月06日 07時59分 UPDATE

若手社員に欠けている“あこがれモデル” (1/3)

若手社員への研修で「あこがれるモデル」について聞いたところ、なかなか答えられない人が増えているという筆者。意欲を湧き起こし、方向性を与える「あこがれる」気持ちがなくなってきていることは、社会にとってマイナスだといいます。

[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行う。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 私は「プロフェッショナルシップ」(一個のプロであるための就労基盤意識)を醸成するための研修を企業現場で行っています。それは“先端”を感じ取る仕事でもあるので、とても面白く、刺激的に、そして、時に悲観の波に襲われながら、でも楽観の意志を失わずにやっています。

 何の先端かと言えば、情報や技術の先端ではありません。いまの時代に働く人たちの「心持ち」の先端です。私の行う研修プログラムは、働く意味や仕事の価値、個人と組織のあり方、を受講者に考えさせる内容なので、必然、彼らが内省し言葉に落としたものを私は受け取ります。

 顧客は主に大企業や地方自治体で、受講者はその従業員や公務員です。現代の日本の経済をけん引し、消費スタイルを形作り、文化を作る、いわば先導の人たちが、今、心の内でどう働くこと・生きることについて考えているか、それを知ることは、流行という表層の波を知ることではなく、底流を知ることになるので、中長期にこの国がどの方向に変わっていくのかを感じ取ることができます。

「あこがれるものが特にない」

 さてそれで、今回は最近の研修現場から感じることを1点書きます。

 研修プログラムの中で私は「あこがれモデルを探せ」というワークを行っています。これは世の中を広く見渡してみて、

  • 「あの商品の発想っていいな」「あのサービスを見習いたい」
  • 「ああいった事業を打ち立ててみたい」
  • 「あの人の仕事はすごい」「ああいうワークスタイルがカッコいい」
  • 「あの会社のやり方は素晴らしい」「あの組織から学べることがありそうだ」

 ……といった模範や理想としたい事例を挙げてもらい、その挙げたモデルに関し、具体的にどういう点にあこがれるのかを書く。そして、それを現実の自分の仕事や生活にどう応用できそうかを考えるものです。

 私の研修では、最終的に自分の仕事がどんな意味につながっているか、自分の働く組織が社会的にどんな存在意義を持っているか、その上で自分は職業を通して何をしたいか、何者になりたいかを考えさせるわけですが、それをいきなり問うても頭が回らないので、こうした補助ワークから始め、自身の興味・関心や、想い・志向性をあぶり出していくわけです。

 ……しかし、補助ワークとはいえ、これがなかなか書けないのです。

 一応、ワークシートには3つのあこがれモデルを書く欄を用意していますが、頑張ってようやく1つ書ける人、そしてついに1つも書けない人が、合わせて全体の2割〜3割は出るでしょうか。本人たちは不真面目にやっている風でもなく、ヒントを出して思考をうながしても、「いや、本当に思い浮かばないんです」と当惑した表情をみせます。

 「じゃあ、尊敬する人は誰かいますか?」と聞くと、「ああ、それじゃ、お父さん」と言う。「お父さんのどんな点を尊敬しますか?」と聞くと、「たくましいところ」と答える。「そのお父さんの尊敬する点を自分の働き方にどう取り入れられそう?」「う、うーん……。自分もたくましく家族を養っていきたい」と、そんな調子です。この答え自体は無垢な気持ちから出たもので悪いとは言いません。問題は、意欲を具体的に起こす思考ができなくなっていることです。

 ちなみに、彼らの年次は入社3年目から5年目、20代後半とお考えください。担当仕事はすでに一人前かそれ以上にできるように育ってはいるものの、「あこがれモデル」を想い抱くことに関しては、ある割合がこうなってしまう現実があります。私は8年前からこの種の研修ワークを取り入れていますが、「あこがれが特にない」「うまく抱けない」という割合は増えている傾向にあると感じています。

2年間の兵役が自由への意識を目覚めさせる

 「あこがれる」という気持ちは意欲を湧き起こし、意欲に方向性を与え、ほかの様子から学ぶ(「学ぶ」は「真似る」を由来とする説もある)という点で、とても大事なものです。あこがれを起こせない個人が増えるということは、そのまま社会全体の意欲の減退、方向性の喪失、学ぶ思考力の脆弱化につながっていきます。

 私たちは何にあこがれてもいいし、そのあこがれを目指すことで自分の力を引き出し、何になってもいい、という自由を手にしています。しかし、その自由の中で私たちはますます浮遊の度を強めています。

 私がかつて企業で管理職をやっていた時、部下に韓国人の男性がいました。彼はともかく20代の時間を惜しむように、会社内外でいろいろなことに挑戦をしていました。彼にいろいろと話を聞くと、そうした意欲は兵役中に芽生えたと言います。ご存じの通り、韓国は徴兵制を敷いています。男性は一般的に20代のうちに約2年間の兵役義務につきます。

 能力も知識も感情も形成盛りの20代に2年間の服務生活。ある種の自由が奪われた状態が個々の人間に与える影響は小さいはずがありません。彼は兵役中、むさぼるように読書をし、服務を終えたら何をしよう、これをしようと想いがあふれたそうです。

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