コラム
» 2011年12月01日 08時00分 UPDATE

相場英雄の時事日想:3.11後の景色は「もう見だぐねぇ」……被災地で聞いた生の声 (1/5)

大震災が発生してから、8カ月が経過した。被災地でのがれき処理は進んでいるが、仮設住宅で暮らす人たちの心のケアは後回しにされてきたのではないだろうか。11月下旬、筆者は3カ月ぶりに宮城県石巻市に足を運び、被災者たちの声を聞いた。

[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、『双子の悪魔 』(幻冬舎文庫)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 11月21、22の両日、筆者は3カ月ぶりに宮城県石巻市を訪れた。4月以降、東日本大震災で甚大な被害を受けた地域を何度も訪ねるたび、生々しい現地での声に接してきた。これから冬を迎える被災地では何が起こっているのか。被災地の外に住む筆者は、またも厳しい現実を目の当たりにした。

がれき処理は確実に進ちょく

 11月21日未明に自家用車で東京の自宅を発ったあと、筆者は東北道・三陸道を経て石巻市北東部、雄勝町水浜に向かった。

 雄勝町に向かう間、石巻市河北町の北上川の堤防を走った。4月の当欄震災ルポの取材で訪れた際は、津波により決壊した土手と川の間に鉄板が敷設されただけの仮設道路だった。降りしきる雨で何度もスリップを繰り返し、川に転落しないよう細心の注意を払いながら通行した。

 しかし、現在は堤防が再建され、道路はアスファルト舗装が施されていた。また、4月に訪れた際、大きなショックを受けた河北町釜谷地区の様子も一変していた。

 震災が発生してから1カ月後、当時の釜谷地区は破壊された住宅やがれきの撤去がほとんど手つかずの状態で、自衛隊や警察による行方不明者の捜索が行われていた。

 だが、現在はほとんどのがれきが撤去されたうえ、重機による整地も行われていた。

yd_aiba1.jpgyd_aiba2.jpg 石巻市河北町釜谷地区(4月)、自衛隊が重機と隊員を動員して行方不明者の捜索とがれきを撤去中

yd_aiba3.jpgyd_aiba4.jpg 石巻市河北町釜谷地区(11月)。緑色の橋のたもとが大川小学校。がれきの撤去がほとんど完了していた

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