コラム
» 2011年10月26日 08時00分 UPDATE

金儲けは目的なのか、手段なのか? (1/3)

「事業体とは利益を得るための組織である」──この考え方に対し、ピーター・ドラッカーは「間違いであるばかりでなく、的外れである」と言った。

[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行なう。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 目的と手段の理解を深めるために1つ考察問題です。

 「金もうけ(利益追求)は、仕事(あるいは会社)の目的か? それとも手段か?」

 この問いに対し、あなたはどんな答えを持つでしょうか。

 ところで、金をもうけることは、人類が貨幣を考案したとき以来、社会に多くの考える題材を与えてきました。お金は欲望に直結しており、変幻自在で強大な力を持っていますし、それを考え扱うには倫理観や価値観もありますから、非常にとらえようが難しいものだからです。

 「金持ちが天国の門を通り抜けるのは、駱駝(ラクダ)が針の穴を通るより難しい」とは聖書の言葉です。金もうけは罪である、金欲は悪だという意識は、現代の資本主義社会ではかなり薄らいできた感はありますが、それでも、例えば過度の利殖行為、つまり金もうけのための金もうけに対して、多くの人は何か眉をひそめます。また同様に、企業にとって利益追求は至上の目的であるとする考え方にも、多くの議論が残るところです。

 さて、考察の問いに戻り、あなたの人生において、金もうけはどんな位置付けでしょうか。生計を立てていくにはお金が不可欠なので、金もうけは「目的」と考えられます。しかし同時に、金をもうけることが、ある別の目的達成のために役立つことがありますので、「手段」ともなりえるでしょう。もしくは、そのほかの何かであるかもしれません。

利益は事業の目的ではなく「条件」である

 この考察問題を解くためには、目的と手段以外に新たに2つの要素を考え起こす必要があります。それが、「条件」と「成果・報酬・恵み」です。

 私たちは、そもそも、目的の達成・手段の行使をするために基本的な支えや環境が必要になります。それが「条件」です。条件は間接的に目的や手段に利く要素となります。

 さて、ピーター・ドラッカーは次のように言います。「事業体とは何かを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違いだけではない。的外れである。利益が重要でないということではない。利益は企業や事業の目的ではなく、条件である」(『現代の経営』より)。

 ドラッカーは「企業や事業の真の目的は社会貢献である」とほかで述べています。その真の目的を成すための基本「条件」として利益が必要だと、ここで言及しているのです。

 金は経済の世界では言ってみれば血液のようなものです。人間の体は、血液が常に良好に流れてこそ健康を維持でき、さまざまな活動が可能になります。そして血の流れが止まれば、人体は死を迎える。それと同じように、経済活動の血である金の流れが止まったときには、その経済活動や事業体は死に直面します。

 ただ、だからといって、血のために私たち人間は生きるのでしょうか? 「サラサラの血を作るために、日夜頑張って生きています!」という生き方はどこかヘンです。やはり人間の活動として大事なことは、その身体を使って何を成したかです。血は、肉体を維持するための条件であって、目的にはなりません。そう考えると、利益追求が企業にとっての目的ではなく、条件であるとするドラッカーの指摘は明快な力強さを帯びてきます。

 私たち職業人のひとりひとりの生活にあっても、金をもうけることは、目的というより、自分がよい仕事をするために必要な基礎条件である──これが1つのとらえ方です。

       1|2|3 次のページへ

Copyright (c) 2017 INSIGHT NOW! All Rights Reserved.

注目のテーマ

ITmedia 総力特集