2011年、マルチ「な」メディアへの移行中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(1/3 ページ)

» 2011年10月14日 14時03分 公開
[中村伊知哉,@IT]

中村伊知哉(なかむら・いちや)氏のプロフィール:

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)など。

中村伊知哉氏のWebサイト:http://www.ichiya.org/jpn/、Twitterアカウント:@ichiyanakamura


※編集部注:本記事は2011年10月13日に@IT「中村伊知哉のもういっぺんイってみな!」で掲載された記事を転載したものです。

 2009年の政権交代から2年で3人目の首相だ。勘弁してくれよ。昭和初期かよ。太平洋戦争が始まりそうな雰囲気ぢゃないか。

 政権交代後の政治は国民の期待に応えていない。構造変化を求めたのに、同じステージをウロウロしたままだ。だが時を同じくしてITは激動期に入り、新しいステージに移ろうとしている。(1)端末=マルチデバイス、(2)伝送路=融合ネットワーク、(3)サービス=ソーシャルサービスという、端末・伝送路・サービスの3点で構造変化が進行しているのだ。

 これはデジャヴュだ。以前も似た光景を見た。1993年のことだ。米国でパパ・ブッシュからクリントンへ、共和党から民主党へと政権が移った。同じ年、日本でも宮沢政権から細川政権への交代があった。当時、バブル崩壊後の不景気に悩む日本は、アメリカ新政権の「情報ハイウェー」構想に対抗する形で「マルチメディア」をわあわあ叫び、そしてその翌年、1994年ごろからPCやケータイ、インターネットが両国で爆発的に普及し始めた。

 それから15年後の2009年、米国では息子ブッシュからオバマ、またも共和党から民主党に移り、同じく日本も麻生政権から鳩山政権へ交代。不景気に悩む日本。オバマ政権はICTの重要性を唱えているが、さて、翌年の2010年から、PCやケータイの次のメディアが普及し始めている。奇妙な一致だね。

 なお、日米政権交代の1993年と2009年の翌年、1994年と2010年はいずれも歴史的な猛暑として記録されている。そして1995年と2011年はいずれも大震災。マルチメディアの次の大波が来るのも必然じゃないか?

 2010年から2011年は歴史的にバックリ断絶のタイミング。過去20年のメディア状況と今後の状況との分かれ道となる。

 1990年代初めは、アナログからデジタルへの転換点だった。テレビ、電話からPC、ケータイへ。アナログ放送網と電話網からデジタル放送とインターネットへ。そのチョイ前、80年代中盤に盛り上がった「ニューメディア」は、CATVや衛星などアナログメディアの多様化だったが、90年代初頭の「マルチメディア」 は、PCに代表されるデジタル端末がインターネットなるデジタル網につながる未来を展望したものだった。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.