コラム
» 2011年10月14日 08時00分 UPDATE

“今”を問えば度量が分かる (1/2)

事業定義は、個人でも重要だ。しかし、仕事へのコミットメントの深さとスコープの広さは、必ずしも比例しない。気晴らしのほとんどは、スコープの遮断にすぎず、かえって自分を追い込んでしまう。今日と別に明日があるのではなく、ここと別に世界があるのではない。

[純丘曜彰,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:純丘曜彰(すみおか・てるあき)

大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科哲学教授。玉川大学文学部講師、東海大学総合経営学部准教授、ドイツ・グーテンベルク(マインツ)大学メディア学部客員教授を経て、現職に至る。専門は、芸術論、感性論、コンテンツビジネス論。みずからも小説、作曲、デザインなどの創作を手がける。


 今、何をしている?

 例えば、会社で聞いてみよう。ある人いわく、「見ての通りのコピー取りですよ」。また別の人は、「いやあ、午後からの会議資料が多くてね」。そしてまた別の人は、「例のプロジェクトの件、こじれちゃって、もう大変ですよ」と。しかし、実はこの3人、みなコピー機を操作していた。

 企業では事業定義が最重要とされるが、個人でも同じ。何をやっているのか。やっている行動は同じでも、やっている行為が違うということがありうる。1つには、コミットメント(関与)の深さ。「コピー取りをしているだけ」と言う人は、とりあえずコピーがきれいに取れていればいい、そこに何が書いてあるかなんて、知ったこっちゃない。「午後からの会議うんぬん」と言う人は、資料を揃え、とにかく会議に間に合わせれば、何とか会議を乗り切れば、というところか。そして、最後の人は、問題のプロジェクトのためなら、自分でコピーでも、会議でも、できることは何でもするつもりだろう。

 とはいえ、前者より後者の方が偉い、などということはない。人それぞれに、地位があり、責任がある。地位も責任もなければ、仕事にコミットメントなどしようがあるまい。小さな仕事しかさせてもらえていないのに、「君たちは今、世界の平和と幸福と繁栄を築いているのだ」などと上から言い聞かせられても、「責任のあるやつが責任を果たすのが当然であって、下の者にまで責任を言うなら、あんたと同じ待遇にしてからにしてくれよ」というのが本音だろう。

 ところが、ここにはもう1つ、スコープ(視野)の広さ、という別の座標軸もある。コミットメントの深さとスコープの広さは比例すると思われがちだが、そうでもない。「見ての通りのコピー取り」と冷たく言い放す人物が、「こんな案件でこじれているような会社、もう長くはもつまい。早く留学資金を貯めて、とっとと辞めてやる」と思っているかもしれない。一方、「プロジェクトが大事」と熱く語る人物が、後先を見失い、「こうなったら裏金を使うのもやむをえないか」と考えているかもしれない。

 「どうなるか分からない明日のために今日を犠牲にするなんてバカげている。明日は明日の風が吹くさ、オレは今に生きるぜ」なんて言う若いやつは珍しくない。中高年でも、禅だか、キリスト教だかの生半可な聞きかじりを引っ張り出してきて、「“今ここ”に全力を尽くせ、余計なことは考えるな」なんて説教を垂れるやつもいる。だが、連中は、結局、現状にあぐらをかいているだけ。毎日、目先のはやりすたりで大騒ぎして、人生をやりすごすだけ。結局、決して大成しない。

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