ローソンに食われる!? 街のケーキ屋の危機をどうするか?それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2011年10月05日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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ウィーク・タイズで甦れ!洋菓子店

Creative commons. Some rights reserved. Photo by arnold inuyaki

 戦い方の基本は顧客の個別認識の徹底だ。キーワードはかっこよく言うと「ウィーク・タイズ(weak ties)」。

 10年前ごろから、社会科学・言論の世界では、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という言葉が頻繁に使われ始め、2010年にはNHKの「無縁社会−無縁死3万2千人の衝撃」の放送をきっかけに、朝日新聞が「孤族の国」という連載を始め、日本人がいかに孤独を感じているかという報道が目立っている。そして、2011年には首相官邸に、「一人ひとりを包摂する社会」特命チームまで誕生した。

 果たして日本人は孤独なのか、そして孤独は国が面倒を見ることなのか、いろいろなレイヤーで議論はあるものの、よく使われる統計を1つ示しておきたい。OECD比較で、日本は「社会的孤立の状況」でワースト国になっている(「メキシコがなぜワースト2位?」など、この統計は謎な部分もあるが、一応の傾向ということで)。

 そんな背景の中、最近注目されているのが、ウィーク・タイズだ。ゆるやかな(weak)、絆(ties)の意で、もともとはキャリア論の中から出てきた概念ではあるが、人々の心理的健康やwell-beingを担保するものの1つとして、取り上げられることも多い。例えば親族、学校、職場、サークル、従来の地域などはストロング・タイズだが、概して風通しが悪く、同調圧力が強い。離脱にもさまざまなコストがかかるので、おのずから「いい子」を演じ、「KY」を気にして、やっぱり「1人の方が気が楽だよな……」となりがちだ。

 ウィーク・タイズの特徴は、何といっても参入・離脱が自由なことと、日ごろは疎遠な人との薄いつながりのため、価値観が多様なこと。よく小学校の同窓会などがイメージされたりするが、実は個人商店と消費者の関係こそピッタリではないかと思う。お互いに売る側、買う側としての一定の期待役割を持ちながらも、そこから一歩近づくコミュニケーションがとりやすいし、ハードルが低い。また、顧客同士の横のつながりもできやすい。

 いわゆる「行きつけの店」だ。ケーキ店で妄想してみたい。

 「ちわ〜」「あ、どうも〜いらっしゃい、カナモリちゃん(ちゃんづけ)」「今日はいつものチョコレートケーキ? あれちょっと顔色悪いんじゃない(常連気分)」「残業続きでさ。徹夜で作った企画書、課長に目の前でゴミ箱に捨てられたし……。今日はなんか癒やされるものが食べたいな。マスター、なんかいいのない?(マスターと呼べる)」「今年の洋ナシはいいよ〜。タルトなんてどう(旬のおいしいものに出会える)」「じゃあ、それ。あ、ちょっと生クリームのっけてよ(わがままができる)」「これお土産に持って帰りなよ。洋ナシで作ったジャム。おいしいよ。仕事、頑張りなよ(おいしい恩恵にあずかれる)」。

 スタンプカードレベルの顧客管理とリピート促進施策を行っている店は多い。そのレベルを飛躍的に上げるのだ。顧客に対する購入や来店に対するインセンティブを高め、顧客情報を収集し、「ハレの日」を確実につかんでメールやDMで事前にオススメのアプローチを行う。顧客のちょっとした服装や顔色にも気を配り、顧客の好みに合わせた商品のオススメを行って、「分かってるなあ〜」という心理的満足感を与える。

 ケーキ作りの講習会や「男子ケーキ部」などイベントを通して顧客同士の横のつながりを作ることもできるだろう。TwitterやFacebookを使ったコミュニティ作りも欠かせない。現に、下北沢や高円寺、三軒茶屋などの街には、いまだにお店がウィーク・タイズのハブとなっているバー、古着屋、カフェなどの個店が数々存在する。いずれも、食べログなど口コミサイトでは評価すらされないような店ばかりだ。

 顧客の個別識別は商売の基本である。だが、今までそれが十分できていたかは疑問だ。明確な強力な競合が出現したときこそ、まずは基本に忠実になり徹底すべきだろう。商品力と価格だけで勝負しないためのカギとなる。

 おまけ。さっきの妄想の続きを……。

 「うっす」「いらっしゃい。あれ、珍しい。飲んできたの」「いや〜、3カ月かけたプロジェクトがまとまりそうでさ。今日はその前祝い」「やったね〜、さすがカナモリちゃん!」「マスター、今日は最高にハッピーなケーキにしてくれよ」「じゃあ、オペラはどうかな。10時間かけて作った自慢作だよ」。25平方メートルのワンルームアパートに戻り、床に散らばるコンビニの袋を避けながら、ネクタイを緩め、コーヒーをいれ、紙の箱を開く。大ぶりにカットされた美しいケーキの上にのっている金箔が、ふわっと揺れた。ふと、横を見ると、メッセージカードが添えてある。

 「がんばったね!おつかれさま」

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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