(続)スティーブ・ジョブズはどこにでもいる遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論(2/4 ページ)

» 2011年09月15日 21時20分 公開
[遠藤諭,アスキー総合研究所]

AppStoreはドラえもんのポケットだった

 1977年に、8ビットPC「Apple II」を発売したアップルは、1980年12月に株式を公開(1956年のフォードの株式公開と比較された)。PC産業というものと一緒に、ジョブズは、ビジネスの世界にデビューすることになった。

写真は1979年に発売された「Apple II Plus」。photo: Wikipedia “Apple II Plus” CC BY-SA

 いまはビジネス誌で「TOP400」と評価されるような企業でも、10年もすればトップが入れ替わることが少なくない。そんな中で、ジョブズだけは、30年以上にわたってビジネスニュースのネタであり続けた(アップルから外れていた間も、NeXTやピクサーなどで話題を提供した)。こういう人物は、米国のビジネスの世界でもそう多くはないのだ。

 単純に、その時間の長さだけでも、ジョブズは十分スターだといってよい。もちろん、それに応えるだけの製品を世の中に送り続けてきたし、一流のステージパフォーマンスもやれる。

 だから、ジョブズは、いわば30年にわたってヒットアルバムをとばしてきた大物ミュージシャンのようなものなのだ。アップルの売り上げを聞くとき、アーティストのアルバムの売り上げを聞くような感覚に襲われるのはそのためなのだろう。

 しかし、大物ミュージシャンがそうであるように、現場は泥臭いこともいっぱいあるし、アップルも米国の法規や商習慣のもとに運営されている。そして完成度の高い、現実とはかけ離れたモノを作る人ほど、実は現実的な部分のパワーで動いていると思う。

 例えば、ジョブズの仕事には藤子・F・不二雄のそれに似たものがあると思う。アップルが提供するiPhoneやiPadなどの、使いやすく洗練されたデジタルの世界。そして藤子・F・不二雄の作品も、あらゆる人に向けてやさしく作られており、それに先端技術のフレーバーがかかっている。ドラえもんのポケットとiPhoneのAppStoreは、とてもよく似ている。

 対照的なのはAndroidで、多分に藤子不二雄Aに近いものがある。『笑ゥせぇるすまん』(中公文庫)に象徴される、煩悩と苦悩を1人で背負い込む、旅行好きでもうけ話にだまされたりする登場人物たちの棲む世界。もちろん、こればかりがAndroidではないが、現実が少しでも入り込んだらそれは藤子不二雄Aの世界になる。

 しずかちゃんやのび太やジャイアンが楽しくやっている藤子・F・不二雄の世界のほうが平和だが、現実とはかなりかけ離れている。しかし、そういったまったく理想的な世界をすみずみまで創造することのほうが、膨大なエネルギーを必要とするはずである。

 これこそが、すなわちプロフェッショナリズムということなのだろう。ジョブズも人の子で、そうした「仕事人」の1人だと思う。ただ、そのパワーとこだわりが、猛烈にあるということなのだ。

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