アップルに学ぶ、“あいまいさ”思考(3/5 ページ)

» 2011年09月07日 08時00分 公開
[村山昇,INSIGHT NOW!]
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あいまいさ思考と明瞭さ思考

 図3と次ページの図4はアップルと日本メーカーの思考の違いをさらに詳しく考察するために描いたものである。図に示した通り、「essence」と「form」の間は、「本質→価値・意味→コンセプト→仕組み・スタイル・型→性能・技術→モノ・サービス」といったものが複雑なグラデーションを織りなしながら連続している。

 私たちは「essence」を究めていこうとすればするほど、 「あいまいさを取り込む思考」が必要になる。それは言ってみれば「ファジー(fuzzy)な思考」であり、抽象的に輪郭を描かず、示唆化するように考えることである。そこでは、不確実性・あいまいさを受け入れ、ものごとをまるごと包み込んでとらえようとする全体論的な姿勢となる。

 また、主観的解釈で仮説を立てる、総合的・拡散的である、問いに向かって非直線的に、というのもこの思考の特徴となる。ちなみにここで言う「あいまいさ思考」は、「あいまいな思考」とは異なる。前者はあいまいさをもって強く考えることであり、後者はどう考えをまとめてよいか分からずあいまいな状態に留まることである。

 他方、私たちは「form」を究めようとすればするほど、 「明瞭さに落とし込む思考」が必要となる。それは「ソリッド(solid)な思考」とも言うべきもので、具象的に、明示して、形式化するように考えることである。そこでは、不確実性・あいまいさを排除して、物事を細かに分解し調べて理解しようとする還元論的な姿勢となる。また、客観的説明を積み上げていく、分析的、収束的である、解決に向かって直線的に、というのがこの思考の特徴となる。

 アップルは図3のように、抽象度という川をさかのぼっていくあいまいさ思考と、具象度という川を下っていく明瞭さ思考の2つの次元を大きく往復運動しながら事を進めている。そのようなダイナミックな思考過程から、デジタル機器・デジタルライフのあるべき姿や体験価値・体験世界を考え、コンセプトを起こし、「iTunes」によるビジネスモデルを創出し、iPodを始めiPhone、iPadといったハードを生み出した。彼らの作り出すものは断片的な製品やサービスの1つ1つではなく、まさに「i-Something」ともいうべき“ホールプロダクト(whole product)”なのだ。

 真に成功するイノベーションは、技術中心ではなく、人間中心である。人間中心であるとは、あいまいで不明瞭で、時に揺らぎ、時に執着するような人間の想いや欲求の核にあるものをとらえることを最重要事項とする。そして、「お客さま、あなたの欲しかったものはこういったものではなかったですか?」といって形にして差し出すために技術を使う。

 確かに、消費者から日々寄せられる具体的な声を分析し、商品開発に役立てることは欠かせない。しかし、それら客観的分析アプローチから可能になるのは、改良や改善であって、既存枠を打ち破るような商品の創出ではない。なぜなら消費者は目の前にある具体的な商品については雄弁に語るが、いまだ体験せぬ夢の商品に関しては語れないからだ。

 よく言われるのはこうだ。――「消費者の声分析はクルマのバックミラーのようなものだ。後ろはよく見せてくれるが、決して前を照らして見せてくれるわけではない」。

 だからこそ、消費者の声を超えて、作り手こそが大胆に主観的な直観で仮説を立て、あいまいさの中へ深く入り込んでいかねばならない。そしてそれを形にして、しつこくお客さまに差し出すことを繰り返さねばならない。アップルはそれをやっているのだ。

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