評価は後世に委ねたい――菅直人首相、辞意表明会見全文(2/5 ページ)

» 2011年08月27日 15時56分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

今後も原発に依存しない社会の実現に向けて努力したい

 そして3月11日の大震災と原発事故を経験し、私は最小不幸社会の実現という考え方を一層強くいたしました。世界でも有数の地震列島にある日本に多数の原発が存在し、いったん事故を引き起こすと、国家国民の行く末までも危うくするという今回の経験です。

 総理として力不足、準備不足を痛感したのも福島での原発事故を未然に防ぐことができず、多くの被災者を出してしまったことです。国民のみなさん、特に小さいお子さんを持つ方々からの強く心配する声が私にも届いております。最後の1日までこの問題に力を注いで参ります。

 思い起こせば、震災発生からの1週間、官邸に泊まり込んで事態の収拾に当たっている間、複数の原子炉が損傷し、次々と水素爆発を引き起こしました。原発被害の拡大をどうやって抑えるか、本当に背筋の寒くなるような毎日でありました。

 原発事故は今回のように、いったん拡大すると、広範囲の避難と長期間の影響が避けられません。国家の存亡のリスクをどう考えるべきか。そこで私が出した結論は「原発に依存しない社会を目指す」、これが私の出した結論であります。

 原発事故の背景には“原子力村”という言葉に象徴される原子力の規制や審査のあり方、そして行政や産業のあり方、さらには文化の問題まで横たわっているということに改めて気付かされました。そこで事故を無事に収束させるだけではなく、原子力行政やエネルギー政策のあり方を徹底的に見直し、改革に取り組んで参りました。原子力の安全性やコスト、核燃料サイクルに至るまで聖域なく国民的な議論をスタートさせているところであります。

 総理を辞職した後も、大震災、原発事故発生の時に総理を務めていた1人の政治家の責任として、被災者のみなさんの話に耳を傾け、放射能汚染対策、原子力行政の抜本改革、そして原発に依存しない社会の実現に最大の努力を続けて参りたい、こう考えております。

 大震災と原発事故という未曾有の苦難に耐え、日本国民は一丸となってこれを乗り越えようといたしております。震災発生直後から身の危険を顧みず、救援・救出、事故対応に当たる警察、消防、海上保安庁、自衛隊、現場の作業員のみなさまの活動を見て、私は心からこの方々を誇りに思いました。

 とりわけ自衛隊が国家、国民のために存在するという本義を全国民に示してくれたことは、指揮官として感無量であります。そして、明日に向けて生きようとする被災地のみなさん、それを支える被災自治体の方々、さらには温かい支援をくださっている全国民に対してこの場をお借りして心から敬意と感謝を表したいと思います。

 大震災において日本国民が示した分かち合いと譲り合いの心に世界から称賛の声があがりました。そして世界の多くの国々から、物心両面の支援が始まりました。必ずや震災から復興し、世界に恩返しができる日本にならなくてはならない。このように改めて感じたところです。

 特に、大震災に当たっての米国政府によるトモダチ作戦は、改めて日米同盟の真の重要性を具体的に証明してくれました。安全保障の観点から見ても、世界は不安定な状況にあります。我が国は、日米同盟を基軸とした外交を継続し、世界と日本の安全を守るという意志を強く持つ必要があります。5月に日本で開催した日中韓サミットでは、両国の首脳に被災地を訪問していただき、災害や困難に直面した際に互いに助け合うことの重要性を共有できたと思います。

 また今、世界は国家財政の危機という難問に直面しています。私は総理就任直後の参議院選挙で「社会保障とそれに必要な財源としての消費税について議論を始めよう」と呼び掛けました。そしてその後も議論を重ね、今年6月、改めて社会保障と税の一体改革の成案をまとめることができました。

 社会保障と財政の持続可能性を確保することはいかなる政権でも避けて通ることができない課題であり、最小不幸社会を実現する基盤でもあります。諸外国の例を見てもこの問題をこれ以上先送りにすることはできません。難しい課題ですが、国民のみなさまにご理解を頂き、与野党で協力して実現してほしい。切に願っております。

 私の在任期間中の活動を歴史がどう評価するかは後世の人々の判断に委ねたいと思います。私にあるのは「目の前の課題を与えられた条件の下でどれだけ前に進められるか」、そういう思いだけでした。伝え方が不十分で、私の考えが国民のみなさまに上手く伝えられず、また、ねじれ国会の制約の中で円滑に物事を進められなかった点は、大変申しわけなく思っています。

 しかしそれでもなお私は、国民の間で賛否両論ある困難な課題にあえて取り組みました。それは団塊世代の一員として、将来世代に私たちが先送りした問題の後始末をやらせることにしてはならないという強い思いに突き動かされたからにほかなりません。持続可能でない財政や、社会保障制度、若者が参入できる農業改革、大震災後のエネルギー需給のあり方などの問題については、若い世代にバトンタッチする前に適切な政策を進めなければ、私たち世代の責任を果たしたことにはなりません。次に重責を担うであろう方々にもこうした思いだけはきちんと共有してもらいたいと、このことを切に願っているところであります。以上申し上げ、私の退任のあいさつとさせていただきます。

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