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» 2011年08月26日 08時00分 UPDATE

野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン:SNSを前提としないソーシャルゲームは作れるか、“分散型”の可能性を探る (1/2)

「SNS上で提供され、SNSの友人とプレイする簡単なオンラインゲーム」と定義されるソーシャルゲーム。しかし、SNSの存在を前提にしなければ、ソーシャルゲームは作れないのだろうか。筆者は別の可能性を提示する。

[野島美保,Business Media 誠]

「野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン」とは?

ゲームは単なる娯楽という1ジャンルを超えて、今や私たちの生活全般に広がりつつある。このコラムでは、ソーシャルゲームや携帯電話のゲームアプリなど、すそ野が広がりつつあるゲームコンテンツのビジネスモデルについて、学術的な背景をもとに解説していく。


 ソーシャルゲームとは何かといえば、現在のところ、「SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)上で提供され、SNSの友人とプレイする簡単なオンラインゲーム」と定義される。2007年に米国SNSのFacebookで外部企業によるアプリ開発がオープンになって以来、ソーシャルゲームはSNSを母体にして急成長をとげてきた。

 しかし、筆者にはかねて抱いている疑問がある。果たして、ソーシャルゲームはSNSでなければならないのだろうか。

 今や、SNSでゲームがプレイできるという当初の目新しさは薄らぎつつあり、新しいゲームが出る度にインバイト(招待)に応えてくれる友人も固定化してきた。気付けばいつも同じ面子でゲームをしている。そして、インバイトした友人のプロフィール写真がゲーム下欄に並ぶという仕様は、どのゲームでも代わり映えがしない。

 このままを繰り返していては、同質のゲームがただ増えるばかりである。そろそろ、SNSありきで考えるのではなく、ソーシャルグラフを生かしたゲームというようにくくり直し、自由な発展をしてもよいころではないか。

 日本の携帯SNSでは、モバゲーとGREEが、リアルの友人に限らず広くゲーム内で仲間を作ってプレイをする、独自のスタイルを展開し成功した。現実世界の友人関係を前提にしたPCのSNSに対抗した形になり、「ソーシャルゲームは誰とプレイすべきか」という議論がここから生まれた。

 そして、スマートフォンへとデバイスが変わろうとするなかで、さらにソーシャルゲームの定義を変える発展が、どこかから生まれるかもしれない。現在の成功ゲームに着目するだけでは、ソーシャルゲームは画一化するばかりだ。むしろ、新しいタイプのソーシャルゲームでもって世界市場に問いかける姿勢が欲しい。

人間関係の広がりをゲームに反映できているのか

 筆者は、これまでのソーシャルゲームを集中型と位置付け、それに対して分散型のソーシャルゲームを提案したい。

 現状では多くの場合、ソーシャルゲームをプレイするのに、いったんはプラットフォームであるSNSにアクセスしなければならない。つまり、ソーシャルグラフが形成されたSNSに、すべてのユーザーの動線が集まる仕組みである。SNSには、プロフィール・日記・アルバム・友人リストなどすべてが揃っているので、ユーザーのアクセスが集中する。それに加えて、ソーシャルゲームによってSNSへの集中性はより高まる。

 それに対して分散型は、元のSNSサイトに囲われることなく、どのサイトでもどのデバイスでも、自由に友人と使えるように設計されることである。

 近年、ユーザー同士のやり取りが分散的に処理される傾向がある。Twitterでは、いつでもどこでもどのデバイスでもつぶやくことができるし、外部サイトに表示することもできる。検索やまとめサイトを作るのも自由だ。人々のつぶやきが、ゆるやかなネットワークを持ちながらも、インターネット空間に分散的に存在している。

 ソーシャルゲームもまた、いつでもどこでもどのデバイスでもできるべきであるし、友人とゆるくつながりながら楽しみたい。しかし、現状ではSNSに付帯する形で展開される集中型のソーシャルゲームが主流である。

 そもそも、ソーシャルゲームの友人データは、ソーシャルグラフと呼ばれるSNSのフレンドリストを引き継いだものである。ソーシャルグラフの意義は、人間関係をデジタル信号という移動可能なデータに変えたことにある。つまり、SNSの外部に人間関係を技術的に移動させられることに、発展性がある(「人間関係をデジタル化する――ソーシャルグラフから始まるFacebookの戦略」)。例えば、Facebookのフレンドからインバイトするボタンが外部ゲームサイトに搭載されることがある。こうしてSNSの外にソーシャルグラフを広げることができる。

 ユーザー目線から考えても、ソーシャルグラフの醍醐味は、友人関係が蜘蛛の巣のように広がっていく、ネットワークとしての広がりにある。「友人の友人」として誰がいるのか、それを見ているだけでもSNSは楽しい。友人つながりという安心感がありながらも新鮮さが感じられるからである。そこから気の合う新しい友人が発掘できるかもしれない。安心感だけでは飽きがくる、そこに拡張性があるからSNSの人間関係は楽しいのである。

 しかしながら、こうした拡張性のある人間関係がソーシャルゲームに生かされていないのが現状である。SNS側は、ソーシャルグラフの外部化を進めるよりも、内部に抱える優位性を選択しているようにみえる。ゲーム側も、悪く言えば、SNSのフレンドリストを集客ツールとしてただ載せるだけになってはいないか。

 ソーシャルゲームで何ができるのか、根本にかえって考えてみたい。ゲームによって友人の輪がさらに広がるような、そういう広がりのあるゲームはないだろうか。

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