なぜサマデイは異分野の音楽座ミュージカルと早稲田塾を両立できるのか?嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(2/5 ページ)

» 2011年08月05日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

「今日の延長上に明日は来ない」

 取材に先立って、筆者は音楽座ミュージカル『リトルプリンス2011』の東京公演に足を運び、本番はもとより、本番直前の舞台裏を見学するバックステージツアーにも参加させてもらった。

音楽座ミュージカル公式Webサイト

 それは驚きの光景だった。厳しい稽古やリハーサルの日々を経て、“完成品”と言えるものを携えて全国ツアーの初日をすでに迎えているというのに、2日目も3日目も、そして4日目も5日目も、朝から夕方まで連日、峻烈なリハーサルを繰り返しているのだ。

 それも「やらされている」のではなくて、プロデューサーと俳優たちが「こうすればさらに良くなるのではないか」と議論を重ね、実際にやってみて、その日その日の最高と思われる舞台を作り上げていく。

 「初日と千秋楽とでは、同じ作品でありながら随分と様変わりしています。例えば、初日にはあった歌やダンスが公演の途中でカットされたり、別の歌やダンスに差し替えられたりするんですよ」と石川さんも言う。

 通常、舞台芸術はいったんツアーが動き出したら、細部の確認や部分修正を施すことはあっても、“毎日毎日、現状否定的な再検討を行って千秋楽には初日とかなり異なった姿になっている”などということはやりがたい。

 では、千秋楽の出来が一番良くて初日はイマイチなのかと言えば、決してそういうことはない。我々は日々、惰性で生きがちであるが、実際には非連続・現状否定型で環境は変化し続けている。2011年3月10日と11日とでは、たった1日の差でありながら、その1日で日本という国の状況が非連続に変容してしまったように、程度の差こそあれ、それと同様の変化は日々起きているのだ。

 俳優たちは芸術家ならではの鋭敏な感性でそれを感じ取り、その日の舞台にそれを反映させているのであろう。それに何より、そうした姿勢こそが音楽座ミュージカルの、さらにはサマデイグループの企業風土なのである。

「顔が悪い!」――日々是研修の厳しい企業風土

 「新しい作品作りはもとより、公演スタート後の日々の再検討もそうなのですが、全員がそのプロセスに参画することが基本になっています。

 一般的にミュージカルの舞台は、全権を掌握した1人の演出家が細部に至るまで作りこんでいきますが、音楽座ミュージカルは代表の『自分1人で作るものは、自分を超えるものにならない』という考え方に立って、独自の集団創造手法を採っています。

 それは“ワームホールプロジェクト”と呼ばれるものです。この手法は、世の中にありがちな集団創造と混同されやすく、あたかも最大公約数的な無難な作品作りをしているかのように誤解されることも多いのですが、実態はその逆です。

 作品作りの核となる強烈な個の存在を前提にしつつも、そこに全員がコミットし、多様なファクターを付加することで、より良い作品へと深化・発展させるというものです。

 根を張る土壌が深く広いほど、そこに根ざす樹木は高く枝葉を伸ばすことができます。それと同じように、古い伝統や新しい経験、メジャーなものマイナーなもの、相反するさまざまな考えや矛盾、その中に厳然と存在する真実、といったものが混じりあい、きしみあって醸成される混沌とした世界がより深く、より広いほど、作品は良くなる可能性がある。それがワームホールプロジェクトの考え方なのです」

 俳優やスタッフには当然、芸術家肌の人間が多く、自己の芸術的信念に忠実なあまり、他人の意見を排斥し、時として独善的になる傾向も否定できないと思うが……。

 「とがった人間の集まりですからね。何かと時間がかかり、非効率であることは確かですよ」と石川さんは苦笑しつつ、こうも言う。

 「仲間内では日常的に『顔が悪い』とか『自分ごとになっていない』という言葉が飛び交います。『顔が悪い』というのはブサイクだということではありません(笑)。その人の心の内はすべて顔の表情に出ているという考えに基づいて、まだまだその人が『自分ごと』、すなわち『当事者意識を持った取り組み』をしていないということを指しているのです。

 今、取り組んでいることが、心底、自分のものだと思えて初めて、人間は最高の力を出せますからね。そういう意味で『自分ごと』になっているかどうか、という点は重視されます。

 音楽座ミュージカルでも早稲田塾でも、『目指しているものの前では全員フェアな立場で言い合う』というのが徹底しているので、衆人環視の中、ベテランが新人から『顔が悪い』と指摘されるなど日常茶飯なんですよ」

 ある意味、大変厳しい企業風土である。よほど神経が強靭(きょうじん)でないと長くは持たないし、この組織でやっていくにはそれ相応の覚悟が必要だろう。

 「そういう意味では“日々是研修”という感じですし、だからこそ創業者である代表の独特な人間観・世界観を全員で共有し続けることができているんだと思います。

 世間一般では、他人から自分の足りていない点を指摘してもらう機会は、年齢を重ねるごとに次第に減っていきます。そういう意味で、日々指摘してもらえるこうした環境は怠け者にはウザイだけでしょうが、自分の人生を真っ当に生き切りたいという志を持った人間にとってはありがたい企業風土だと思います」

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