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» 2011年08月01日 08時00分 UPDATE

ちきりんの“社会派”で行こう!:“その時”の準備、あなたの会社は大丈夫ですか? (1/2)

107人の命を奪った、2005年のJR福知山線脱線事故。事故そのものだけではなく、JR西日本の事後対応も非難の対象となったが、ちきりんさんはそれを見て、昭和天皇崩御時の企業の対応を思い出したという。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2005年5月8日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 2005年に起こったJR福知山線脱線事故の当日、JR西日本の社員が事故の情報を知りながらゴルフコンペや飲酒をともなう宴会を予定通り開催していた、として問題になりました。そのニュースを見てちきりんが思い出したのは、昭和天皇崩御の日のことです。

昭和天皇崩御の日

 1989年1月7日の朝、7時過ぎにオフィスに着くやいなや集められ、上司から「今日は休日になりました。すぐ帰宅するように。間違ってもみんなで飲みに行ったり、ゴルフに行ったりしないように。静かに家の近隣で過ごしてください」と言われました。

 朝、家を出る前のテレビで、アナウンサーのネクタイはすでに黒かったですが、天皇崩御をまだ確定的には伝えていませんでした。しかし、その40分後に会社に着いたら、オフィスビル1階のホールが妙に薄暗く、「ああ、そうなのね」と分かりました。

 皇居に近い場所に会社があったので、記帳して帰りました。続々と多くの人が集まりつつありました。

 その後、自宅に戻って、NHKの録画をVHSテープ(!)の3倍モードで始めました。そして、友人とドライブに出かけたのです。名付けて「昭和最後の日を見ておこうよ!」ドライブ。これは本当に面白かったです。

 最も驚いたのは、その日の23時45分に首都高速に乗ったら、領収書は昭和64年になっていたのに、次の日(1月8日)の0時30分にもう一回乗ったら今度は1989年になってたことです。機械から出てくる印刷された領収書なのに……です。

 ちきりんたちは昭和64年1月8日というレシートが欲しかったのですが、手に入りませんでした。昭和天皇は前年末からずっと危篤だったので、準備も整えられたのでしょう。しかし、それにしても準備が良すぎます。そういえばカレンダー業界もパニックしていると言われていました。

 銀座のデパートの対応も迅速でした。1月7日の午前中には、ショーウインドーの中はずらずらっとすべて、白い菊で埋まっていたのです。大半の飾りは片付けられていたのですが、残っているマネキンは何と黒の喪服を着ていました。何という準備の良さ!

 「すごい!」と思いました。「完璧なマニュアルがあるんだな」と理解しました。

 デパートだけではなく、丸の内のビル1階店舗のショーウインドーもいつの間にかすべて白い菊で埋まっていました。花なんて長期保存ができないのに、どうやってこれだけの白い菊を用意したのか、いつ誰がこれだけ大量の花を各ビルに配送したのか……ものすごいロジスティクス能力だと感心しました。

 また、この日はいろんなファミレスにも入ってみました。すると、すかいらーくなど上場系チェーン店では、お頭付きのお刺身など正月用の“おめでたい”メニューにはすべて上からシールが貼ってあり、「都合により、この商品は本日はご提供できません」と書いてあるんです。シールまで用意しているなんて用意周到すぎますよね。当然、どのメニューを提供中止にするかも事前に決めてあったのでしょう。

 ところがその同じ夜、チェーン店ではない個人経営の居酒屋や割烹に入ると、いつも通り“お正月限定! お頭付き活け作り”メニューが提供されていました。

 その時、ちきりんは理解したんです。「上場会社と個人経営での店では、“万一の事態への備え”が全然違うんだな」と。上場しているような“組織”では、万が一の時に何をどうすべきか、ちゃんと事前に考えているんだな、用意しているんだな、と思ったのです。

 その日の体験は、ちきりんが「会社組織」の動き方が個人とはいかに違うか、ということについて強烈に意識させられた記憶として長く残ることになりました。

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