コラム
» 2011年07月28日 08時00分 UPDATE

相場英雄の時事日想:石巻日日新聞は何を伝えてきたのか (1/2)

被災者でありながら、壁新聞で情報発信を続けた石巻日日新聞。その記者たちが、『6枚の壁新聞』という本を刊行した。彼らの「ブレない」報道姿勢から、大切なものを学ぶことができるのではないだろうか。

[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 過日、発刊されたばかりの新書を買った。タイトルは『6枚の壁新聞 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録』(角川SSC新書)。宮城県石巻市で津波被害を受けて輪転機が破損、壁新聞を通じて情報発信した地元紙の記者たちが綴ったものだ。同書は第一級のドキュメントであると同時に、最近とかく批判を集める機会の多い大手マスコミに「ブレない」ことの大切さ、ひいては報道姿勢を示す規範になるだろう。

意図せざる“当事者”

 石巻日日新聞については、4月21日付の当欄で触れた(関連記事)。大震災直後の苛烈な全国メディアの取材合戦の最中、同社が発行した手書きの壁新聞は格好の美談として取り上げられ、当事者である同紙スタッフが違和感を抱いていた、という内容だ。

 『6枚の壁新聞』を読み始めた直後から、彼らが抱いた“美談への違和感”の根源を筆者は改めてみた気がした。大災害や紛争、ときには戦争にとメディアは取材に出向く。だが、それは伝えようという強い意識、自らの気持ちが働くからに他ならない。

 東日本大震災の大津波によってもたらされた災禍は、伝える側である石巻日日新聞の記者たちをも否応なく飲み込んでしまった。手を挙げて取材に行くという段階を経ずに、全く意図せざる形で被災者兼情報発信者になってしまったのだ。

 同書を読み進めると、記者たちはそれぞれに身の安全を確保したのち、迅速に取材に向かっていることが分かる。

 以下、同書から一部を引用する。

 「ようやく自宅に到着。小学2年生と幼稚園の2人の息子と再会し、抱きしめて喜びを分かち合う。2日ぶりに顔を見た。祖父母から、子供たちから毎日『パとママはいつ帰ってくるの?』と繰り返し尋ねられていたと聞かされ、胸がグッと詰まる」(外処健一記者)

 「水が口に入る。『死ぬ』と一瞬頭をよぎったが、運良く浮上でき、水面へ顔を出す。息が切れる」(熊谷利勝記者)

 「ココストア前で壁新聞を読んでいる人たちの姿を見かけ、思わずシャッターを押す。じっくり読んでいる人もいる。(中略)本当はもっと伝えたい情報があるけれど、紙面の都合で最低限しか入らない。隣には昨日はなかった『河北新報』が貼り出されており、忸怩たる思い。早く私たちも、印刷の紙面を作りたい」(平井美智子記者)

 筆者は元記者であり、自身を石巻日日新聞記者たちに置き換えて考えてみた。家族や同僚の安否が判明していない段階で、取材に向かうエネルギーが沸き上がってくるか、という点だ。はっきり言って全く自信がない。

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