インタビュー
» 2011年07月25日 08時00分 UPDATE

活躍するMBAホルダーたち:アナウンサーからMBAに挑戦、30歳の決断の背景にあったものとは (1/3)

健康と美容の分野で、「カジュアル」「フレンドリー」「リーズナブル」「クイック」の4つのコンセプトを掲げ、忙しい現代人にサービスを提供している株式会社ノンストレス。同社代表取締役の坂野尚子さんにMBAを取得した際の話をうかがった。

[MY MBA.JP]

 健康と美容の分野で、「カジュアル」「フレンドリー」「リーズナブル」「クイック」の4つのコンセプトを掲げ、忙しい現代人にサービスを提供している株式会社ノンストレス。同社代表取締役であり、MBAホルダーでもある坂野尚子さんにお話をうかがった。

坂野 尚子

1980年国際基督大学卒業後、フジテレビアナウンサー。1989年コロンビア大学のビジネススクールMBA修得。KPMGピートマーウィックコンサルティング勤務後、1993年株式会社キャリア戦略研究所設立。1996年にザ・クイック(2005年からノンストレスに社名変更)を設立。「ネイルクイック」ネクストボディ」「クイックシェイプ」を経営。著書に「女三十歳、ひとり海を渡る」(あき書房)「二人で働き、二人で育てよう」(日本経済新聞社)、「キャリアカウンセラーが教える“いい仕事”ができる女性」(PHP文庫)など。コロンビア大学員、OECD等講演多数。


アナウンサーからMBAに

ah_sakano.jpg 坂野尚子さん

――現在のお仕事内容をお聞かせください。

 私は今、株式会社ノンストレスという会社を経営しており、代表取締役として仕事をしています。この会社は、健康と美容の店舗事業をやっておりまして、「Nail Quick」というお店と、それから「クイックシェイプ」「ネクストボディ」というコンビニタイプのフィットネス事業、この2つの事業を展開しています。社員数は、正社員が190人くらいで、アルバイトさんとパートさんも入れると全部で250人くらいになりまして、店舗数も、合わせて61店舗くらいになっております。

 私はMBAを取得後、KPMGピートマーウィックコンサルティングという外資系のコンサルティング会社に勤務し、その後、キャリア戦略研究所を創業して、その2年後にノンストレスの前身にあたるザ・クイックを創業し、この2つの会社をずっと経営しております。

――MBAを取得しようと思われた、そもそものきっかけは?

 起業をしたいと思ったからです。もともと7年間、フジテレビでアナウンサーをやっておりまして、後半の2年間はニューヨークで特派員をしておりました。実は、自分ではニューヨーク2年間の特派員勤務期間の中で、次のステップというのを考えようと漠然と思っていたんですね。

 もともとアナウンサーをという仕事は好きでやっていましたが、例えばディレクターや報道記者になるという選択肢もあるだろうし、フリーのアナウンサーになるというのもある。フジテレビのアナウンサーをずっとやっていくというのもあるし、ジャーナリズムスクールや大学院に行くという選択肢もあるな、といろいろ考えていました。

 一方2年間、ニューヨークでテレビの仕事をしていて、それは非常に面白くて好きだったのですが、小さな支局にいると、自分で企画して取材して編集するような、要はアナウンサーとして使われるだけではなくて、自分でディレクターを兼務するようなこともできたので、テレビ局では結構やりたいことをやったかな、というところがあったのと、現場を離れたあとの、40代、50代の像が見えないなっていう思いもあって、そういったこともふまえると、やはりこのままいくのはどうかな、とは思っていました。

 そんな風にニューヨークで生活している時に、起業している女性たちを目にして、「ああ、それは一番面白いかな」と思ったんですね。まずは起業したいという気持ちがあって、それだったら、ここでビジネススクールに行くのがいいのかなと、まずはMBA云々というより、起業するためにビジネススクールに行こうと思ったんですね。

――ビジネススクールに入るためにどのような準備をしましたか?

 まずは仕事を辞めました。フジテレビで勤務していた7年間は、アナウンサーとして外を飛び回っているような仕事だったので、なかなか机の前で勉強する機会がないとか、あと、土日もあまりないような仕事だったので、留学予備校みたいなところに通うのも難しいかなと思って、忙しいし、もう思い切って会社を辞めようかなって。向こう見ずだったこともあって、ニューヨーク特派員の任期が3月までだったんですけど、3月に帰国する前に、会社に辞めたいと言って、それで、辞めてから準備を始めたんです。

 そのあと4月から、12月に試験に受かるまでは、ずっと浪人中という感じで。それまでは「フジテレビの何とかです」って言っていたのが、社会と隔絶されて、留学予備校に行って、TOEFLとかGMATのスコアを1点とか10点上げるのに注力するようになって。で、1月には米国に渡りたかったのと、もともとニューヨークが好きでニューヨークで勉強したいということもあって、1月に入学できるコロンビア大学とニューヨーク大学のビジネススクールを受験しました。

 正味勉強したのは、4月から9月くらいまでで、あとは願書を書いたり、それこそニューヨークに遊びにも行きたかったので、願書を持ってキャンパスにも行きました。そこで願書を出したら、事務の人にビリビリって破られて、「ああ、あんなに丁寧に書いたのに、アバウトだな」って(笑)。それが9月くらいのことで、2校とも合格通知がきたのが12月だったので、その間は結構悶々としていました。でもヒマだったので、11月の1カ月間、タイとマレーシアと、イスラエル、トルコ、あとエジプトに一人旅に出たりもしましたけど。

 留学予備校ではすごくお世話になった先生がいました。勉強ってやっぱり孤独な戦いじゃないですか。自分で自分をコントロールしないとダメだし。一番イヤだったのは、起業したいという大きな夢のために留学しようと思ったのに、留学準備って1点とか10点の点数を上げるという小さなことなので、それがすごく悲しい感じがしましたね。自分には大きな夢があるのに、今1点とか10点とかちまちま上げてるのって、なんだかなって。当時主任をされてて、カウンセラーでもあったその先生には、そういう面でも救われたというところはあります。

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