10万缶の“パンの缶詰”を被災地へ、パン・アキモトの支援活動とは(前編)嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(2/5 ページ)

» 2011年07月15日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

保存食なのにしっとりしているパンの缶詰

 パン・アキモトは、那須塩原で64年の歴史を持つベーカリーである。そうした地元の方々向けのパン製造・販売とは別の、現在のパン・アキモトの“顔”とも言うべき商品についてご説明いただけるだろうか。

 「それは『パンの缶詰』です。災害などに備えた保存食で、現在、売り上げの6割を占めています。従来、保存食というとどうしても、被災地の方々に対する必要最低限の栄養補給や生命維持という点に重点が置かれがちでしたが、私たちはそういう非常時であっても、いや逆にそういう絶望的になりやすい辛い時だからこそ、心からおいしいと思えるようなパンを食べていただきたいと思っているのです」

パン・アキモトのパンの缶詰

 早速、私と編集者H氏も「おいしい備蓄食シリーズ」を試食させていただいた。

 カンパンを初めとする、従来の保存食にありがちだった乾燥してボソボソと食べにくい、のどに詰まるような食感とは全然違う。しっとりとした、そして、ふわ〜っとした食感だ。パンの甘みとフルーツのあまずっぱさが混じりあった芳醇な香りがふっと鼻に抜けてゆく。確かにおいしい! これは本当に保存食なのだろうか? 最近では、女性だけでなく男性でもパンの味にこだわりを持つ人は多いが、そうした人々も十分満足させられる味だろう。

保存食なのにしっとりしているのが特徴

 おいしい食べ物は人を幸せにする。高級食材をふんだんに使った食べ物ももちろんおいしいだろう。しかしそれ以上に、作り手の愛情がいっぱい込められているのをそこに感じた時、感動はより深いものとなる。

 飢餓や災害で明日をも知れぬ状態に置かれた人々。慣れ親しんだ土地は変わり果て、愛する人々は命を落とし、あるいは傷つき、自分自身もどうなるか分からない不安や絶望感に打ちのめされている。そんな時に、このパンを食べることができたら……きっと、口いっぱいに広がるおいしさの中に、このパンを作り、送ってくれた人々の愛や優しさを感じ、“生きる”ことに対する一筋の光明を見出すのではないだろうか?

 ハイチ大地震後の被災地でこのパンを食べた子どもたちが見せた素晴らしい笑顔は、まさにそうした感情の発露だったのではないか? 私にはそう思えてならなかった。

 保存食ということだが、賞味期限はどのくらいなのだろうか?

 「基本的には37カ月ですが、素材の種類や製法により13カ月というものもあります。この賞味期限は、まるで焼きたてのような食感や風味を損なわない期間ということです」

 それだけの長期間、食感や風味を維持するとなれば、防腐剤や各種添加物を入れているのではないかと心配する人も出てくると思うが……。

 「いいえ、パン・アキモトでは創業以来、『安心・安全でおいしいパン』をモットーにしていて、そうしたものは一切使用していません。そしてその点にこそ、他社にはなかなかマネのできない弊社の独自性があり、差別化要因になっているのです」

ソーシャルビジネスのお手本『救缶鳥プロジェクト』

 さて、このパンの缶詰を用いて、秋元さんはどのような被災地支援システムを構築しているのだろうか?

 「分かりやすく言えば、『保存食リユース・システム』です。

 まず、37カ月の賞味期限を持つパンの缶詰を、企業や自治体、学校などに災害時用保存食として購入いただきます。そして、幸いにして地震や豪雨被害などの災厄に遭わなければ、2年後に新しい缶詰への入れ替えの案内をします。それに応じてくださったお客さまには、一定額のディスカウントをして次の2年分をお届けするとともに、それまで備蓄していた缶詰を回収します。

 そして回収した缶詰は、主として海外の飢餓に苦しむ地域や、災害によって大きな被害が出ている被災地へと届けるのです。海外支援に当たっては、NGOの日本国際飢餓対策機構を通じて、確実に義援先の人々に届くようにしております。

 パンの缶詰ではパンを食べてもらうのはもちろんですが、それに加えて、缶の切り口でケガをしないようにダブルセーフティー・プルトップにするなどし、食器としても使いやすいようにしていることもあって、現地ではコップや各種容器として重宝されています。こうした現地での支援状況については、詳細な日本語リポートを、お客さまにお送りしています。

 そして、以上のシステムを、個人のお客さまでも小ロットから参加しやすくしたのが『救缶鳥プロジェクト』です。世界の被災地の人々を『救』うために、弊社の『缶』詰が、あたかも『鳥』のように世界各国へと渡っていく、という思いを込めて命名しました。

 私たちはあくまでもパン職人です。いかに災害備蓄用とはいえ、丹精こめて焼き上げた大切なパンですから、当然、お客さまに喜んで食べていただきたい。でも、言うまでもなく、災害は起きないに越したことはないのです。

 一方、海外に目を向けると、地震や洪水など大災害は頻発していますし、同時に世界人口の6人に1人が今も飢餓に苦しみ、5歳未満の子どもが6秒に1人の割合で餓死しているという苛酷な現実が存在します。

 それならば、災害備蓄用としてお客さまに保存していただいている缶詰を、37カ月という賞味期限ギリギリではなく、多少余裕のある2年をメドに回収し、災害や飢餓で苦しむ人々のところへとお届けし、その段階で私たちのパンを食べていただくということを考えたわけです」

経済産業省のソーシャルビジネスケースブックでも紹介されているパン・アキモトのビジネスモデル(クリックで拡大)

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