第50鉄 小湊鐵道と養老渓谷とわらじトンカツ――房総横断ローカル線紀行(前編)杉山淳一の+R Style(2/5 ページ)

» 2011年07月07日 08時00分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

 日曜日の朝の列車は2両編成。車両はつるんとした顔つきのディーゼルカーだ。客室は通勤電車のようなロングシート。今日は日曜日だけど、平日は通勤通学客で混雑するらしい。そして意外にもワンマン運転ではなく、可愛らしい女性の車掌さんが勤務していた。女性の観光アテンダントを起用するローカル鉄道が増えているけれど、こちらは列車の運行を担う車掌さん。愛想も良く爽やかながら、キリッと頼もしい存在である。

客室は都会的(?)なロングシート

志半ばの路線たちが作った房総横断ルート

 列車が動き出す。ガラガラとディーゼルエンジン特有の音。東京からほぼ1時間で、本格的なローカル線の旅が始まった。もっとも、しばらくは田畑が目立つ住宅地が続く。

 五井から2つ目、「海士有木(あまありき)」という駅がある。言葉の響きが楽しい。でもこれは2つの言葉を合わせた駅名で、海士さんの集落があった所と、有木城というお城にちなんでいるそうだ。有木城は戦国時代に北条氏が築いた城で、房総を制する里見氏と対峙する最前線だったらしい。千葉県には270を超える城があるという。それほど奪い合う価値がある、豊かな土地というわけだ。

千葉への分岐点となるはずだった海士有木駅

 鉄道趣味的にいうと、海士有木は小湊鐵道の野心があったところ。小湊鐵道はこの海士有木から千葉市へ支線を延伸する構想を持っていた。その名残が現在の京成千原線で、千葉中央駅から、ちはら台駅まで到達して終わっている。海士有木までは直線で約7km。そのルート上は住宅開発が進んでいるし、途中には山倉ダムもある。山倉ダムにはこどもの国もある。この路線が完成していれば、千葉から海士有木、さらに小湊鐵道に乗り入れて養老渓谷を結ぶリゾート特急「ヨーローライナー」が走ったかもしれない。

 もっとも、小湊鐵道の野心といえば「小湊」である。小湊はどこにあるかというと、ずっと南の安房小湊だ。小湊鐵道は当初、内房の主要都市だった市原地域と、南房総の小湊を結ぶ計画だった。小湊には日蓮の生地、誕生寺があって、参詣鉄道という意味合いもあったらしい。しかし上総中野駅に到達したところ資金不足のため停滞。その後、国鉄が木原線を建設して接続し、房総横断ルートが完成したため区切りをつけたらしい。ちなみに木原線の方も、大原駅と木更津を結ぶ計画だった。お互いに志半ばで手を結んだというわけだ。千原線といい、なんだかこのあたりは志半ばで終わった路線ばかりだ……。

いよいよ大自然に突入だ

車窓いっぱいの新緑を楽しもう

 ロングシートに座り、向かいにずらりと並ぶ窓のパノラマを眺めよう。今日は少し曇り空だが、里見駅あたりから新緑の景色が近くなる。ときどき、すべての窓が緑色に変わる。小さな丘や森があって、そこだけが緑のトンネルのようになっている。そんな緑の景色の割合が増えると、空気もひんやりとしてくる。そういえば養老鉄道はテレビドラマのロケ地としても知られている。東京から撮影しやすいローカル線風景というわけだ。

 里見駅はTVドラマ版の『東京タワー』で使われた。月崎駅は『世界の中心で、愛をさけぶ』、飯給駅は『特急田中3号』に登場。『古畑任三郎』では列車がトリックを解く鍵にもなっている。もっとも、古畑警部は警視庁だから、ドラマでは東京の私鉄という設定だった。小湊鐵道はロケ地となっただけだったので「なんで小湊鐵道CTC(列車集中制御装置)があるんだ?」と鉄道ファンの間で話題になったっけ。

水の豊かな地域。鉄橋も多い
“セカチュー”にも登場した月崎駅

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