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» 2011年07月06日 13時29分 UPDATE

遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論:iPhoneとゲームボーイの共通点――横井軍平、そしてオモチャの時代 (1/2)

優れたオモチャには、子どもにもすぐ遊べるシンプルさと、触った途端にパッとスムーズに動くレスポンスが必須だ。iPhoneを触っていて思ったことがある。「コンピュータはいま、ようやくオモチャの世界に追いついたのではないか?」

[遠藤 諭,アスキー総合研究所]

「遠藤諭の『コンテンツ消費とデジタル』論」とは?

 アスキー総合研究所所長の遠藤諭氏が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。

 本記事は、アスキー総合研究所の所長コラム「0(ゼロ)グラムへようこそ」に2010年07月12日に掲載されたコラムを、加筆修正したものです。遠藤氏の最新コラムはアスキー総合研究所で読むことができます。


 1996年頃、私の編集部に配属になったEくんが、「エンドウさん、横井軍平って知ってますか?」と言ってきた。「知らないよ」と私。すると、彼は小判のゲーム雑誌の記事(彼が関わったらしい)を取り出して、その人物がどんな仕事をしてきたのかを教えてくれた。なんでも、私が子供の頃にあこがれた「マジックハンド」を作った人物だという……。

 そうして、『横井軍平ゲーム館』(牧野武文著、アスキー刊)という本が作られることになった。私は企画を通しただけで何もやっていないのだが、この本はやがて、ゲームに興味のある人たちの間で「幻の本」になった。

ゲームボーイの生みの親

ay_endo02.jpg 『横井軍平ゲーム館』

 なにしろ、横井軍平という人は、任天堂の「ゲームボーイ」の生みの親でもある。ゲームボーイといえば、2000年までの販売台数が世界中で1億台を突破している(ゲームボーイアドバンスを含む)。世界中の子供たちの手に届けられ(ある国では「BOY」という名前が性差別ではないか? という議論が起きたこともあった)、湾岸戦争のときには戦場に兵士たちが大量に持ち込んだというニュースもあった。こうしたトピックは、ゲームボーイが世界で本当に浸透していたから出てきたものだろう。

 『横井軍平ゲーム館』が幻の本となった理由の1つは、本が出た直後の1997年に、横井軍平氏が交通事故で亡くなったというのもある。我々にデジタル時代の「遊びのインフラ」とでもいうべきものを提供してくれた人の声を、二度と生では聞くことができなくなったからだ。2003年、IGDA(国際ゲーム開発者協会)はゲームの世界で多大な貢献をした人物として、「GUNPEI YOKOI」に『生涯功績賞』を与えた。

 ゲームボーイ以降、横井軍平の仕事が世界中の人たちに感動を与えたのは事実だろう。しかし、『横井軍平ゲーム館』で紹介されているのは、ビデオゲームの時代がくる前に横井軍平の生み出した数々のオモチャが中心である。それは、たしかにどれもサイエンスの香りのする、頭をひねらされる逸品ばかりである。

ay_endo03.jpg 横井軍平の代表作である「ラブテスター」のケース。黒一色に英語表示のみで、いかにもオトナ向けといった印象

 しかし正直なところ、世界中にはもっと優れたオモチャはたくさんある。より天才肌のオモチャ作家もいるに違いない。世界最初の音ゲー的オモチャである「サイモン」や世界最初のテレビゲーム機を作ったベアードもいるし、日本にだって学研の『科学』や『学習』の付録を作った作家たち(彼らの作品は単品の科学教材として世界に輸出されていた)、横井軍平の同時代ならエポック社という強力なライバルもいた。

 エポック社の「スーパー・ヘリコプター」は、極限までシンプルな作りなのに、いま遊べばTVゲームのように完全にはまってしまうという秀作(モーターで浮遊するヘリの角度と回転数だけで、当時憧れのラジコンのようにコントロールして遊ぶ)。横井軍平だけがオモチャ作家ではないし、我々をワクワクさせたわけではない。

 すべてのオモチャ作家は、アルキメデスではないかと思うのだ。

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