「靴磨きの師匠」に学ぶマーケティングの神髄それゆけ! カナモリさん(1/2 ページ)

» 2011年06月15日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]

それゆけ! カナモリさんとは?

グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2011年6月10日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


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 その靴磨き職人の師匠の仕事はほかの誰とも違う。

 「靴クリーム」がオリジナルの特製なのである。「靴の自然派化粧品」とでも表現すればいいのだろうか。彼がオリジナルにたどりついたのは、既存の市販品では靴の革の表面を塗り固めて殺してしまうからだという。磨き方のポイントは、革の深部にまでクリームを染みこませ、表面は呼吸ができるような状態にすることらしい。

 「いろいろなものを塗りたくるから、人間の顔も肌の状態が悪くなるんだ。本来、水で洗って拭くのが一番。それと同じ」と言う。聞けばシンプルな話だが、彼とその弟子が磨くと靴は本当にピカピカになる。

 「何でほかの人間の仕事と違うか分かる?」と彼は聞く。無論、クリームの違いだけではない。「磨き方の徹底度が違うの。ダイヤモンドと一緒。石炭もダイヤモンドも同じ炭素でしょ。圧力の違いで輝き方は全然違うものになる。技術がない人間が磨いた靴は、布で拭くと靴墨で汚れる。磨く時の圧力のかけ方、磨き込み方が違うの」

 余分なものを排したオリジナルの靴クリームで徹底して磨き上げる。シンプルにして徹底したその仕事は、職人の技そのものだ。だがそれは、マーケティングの基本とも通じる。

 フレームワークは共通認識を形成するための道具でもある。しかし、多用して難しいメッセージで伝えすぎると、聞き手・読み手を煙に巻く道具にもなりかねない。ビジネススクールの初期課程で教えられるマイケル・ポーターや、フィリップ・コトラーの基本的なフレームワークで極力シンプルに説明ができるようにした方がいいのだ。

 シンプルな道具を用いる代わりに「徹底」する。見落としがちな細部に目をこらし、アタリマエと思われることを疑う。そして、フレームワークで切りまくる。石炭がダイヤモンドの輝きを放つようになるまでの圧力を加えるが如く。同じモノゴトも、それをどう磨き込むかで輝くか、路傍にうち捨てられる石塊になるかが変わるのだ。

「売れ続ける仕組み作り」は職人との共通点

 「一生懸命やるだけじゃダメなんだよ。要は“仕組み”を作れるかが成功のカギなんだ」

 靴磨き職人の師匠は何度も通ううちに、子どもが宝物をそっと見せてくれる時のようないたずらっぽい目をしながらヒミツを話してくれた。

 いや、正確にはもうヒミツではない。「今は弟子たちも自分と同じ技術が使えるようになっているから楽になったんだ。だからこんなヒミツも話してあげられる」のだという。

 客の靴を見て初めてかどうかを見極める。初めてなら、師匠が自ら磨く。2度目以降なら、弟子にやらせる。なじみの客でも靴を見て定期的に師匠が磨くようにする。そしてしばらくは弟子にやらせる。それが、“仕組み”の表面的な姿だ。

 師匠がやっているのは「厚塗り」。クリームをたっぷり使って靴に刷り込む。「厚塗り」といっても、表面に付着しているのではない。前述の「炭素がダイヤモンドになるような圧力」で、革の中まで刷り込んでいく。しっかり刷り込まれたクリームは、徐々に表面に染み出していく。弟子たちがやることは、それを「削りながら、再度刷り込むこと」だという。すり込んだクリームが少なくなっているようだったら、師匠が「厚塗り」する。それが、“仕組み”のキモだ。

 師匠は弟子と分業をするという「売れ続ける仕組み」を作っていたのだ。

 「マーケティングとは?」を端的に表現すれば、「売れ続ける仕組み作り」である。単発で「売る」や、偶然「売れた」ではなく、誰がやっても、何度でも「売れ続ける状態」を作る。その「仕組み」を作ることこそがマーケティングなのだ。師匠は靴磨きのマーケティングを行っていたのである。

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