東京電力にみる、社長と会長の奇妙な関係吉田典史の時事日想(2/3 ページ)

» 2011年06月03日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]
東京電力の勝俣恒久会長

 これに対し、林さんは言う。

 「社長が代表権のある会長になり、役員会を仕切ろうとする理由は本人の性格もあるのだろうが、信頼できる役員が少ないこともある。日本企業の役員は、社外から招かれる例は少数。その多くは、部長など内部から昇格する。その意味で役員候補の母集団が少なく、優秀な人材が限られている。だから、会長が仕切ろうとする可能性がある」

 「東京電力では、清水社長と勝俣会長以外にも代表取締役の副社長が数人いる。これらの役員の役割や権限と責任があいまいであったのではないか。無責任な体制のうえにこの巨大な企業があり、原発まで動かしていたかと想像すると、怖くてぞっとする。これを機に、日本企業の役員のあり方や仕組みを問い直す必要がある。最近では、日本企業は社員には選別という意味で厳しくなりつつあるが、役員たちにはまだまだ甘すぎる」

東電の社長と会長の関係は遠い話ではない

 私が問題視するのは、担当する職務の役割や権限と責任があいまいであることだ。これは役員だけでなく、例えば部長と課長、課長と課長補佐、課長補佐と主任などにも言える。非管理職の間でも、それぞれの役割や権限と責任がはっきりしないことがある。

 これは「柔軟性がある」と言えるが、優秀な人が生まれにくい理由の1つがここにある。特に業績主義を浸透させるときは、それぞれの権限と責任があいまいであるがゆえに障壁になりうる。ところが、20〜60代まで大多数の会社員はこのことに強い不満を持つわけでない。

 日本人は組織の中で自らがどのような機能を果たすかよりも、まずはその組織に所属することに重きを置く意識が強い。その1つの象徴が、大卒が新卒として就職活動をするときには、大半が「就職意識ではなく、就社意識」であることだろう。私は専門学校で大学生にエントリーシートの書き方を教えているが、「自分はこういう職業で生きていく」という明確な考えを持っている学生は数百人に1人いるかいないか、だ。

 学生たちは数年後には、どこかの会社で職務の役割や権限と責任があいまいな中で仕事をする。そのことに異議を申し立てることもしない。いずれ役員になる人もいるだろうが、その時に突然、権限と責任に敏感になる可能性は低い。

 林さんの指摘するように日本企業の役員のあり方や仕組みを問い直す必要はある。だが、実は相当に難しい。東京電力の社長と会長のあの微妙で無責任な関係は遠い話ではなく、私たちの意識の奥深くに巣くうものなのだから。

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