コラム
» 2011年05月31日 08時00分 UPDATE

松田雅央の時事日想:ドイツが生んだ傑作、ポルシェの魅力に迫る (1/4)

多くのドイツ人はクルマが好きだ。中でも別格の人気を誇るのがポルシェ。今回はポルシェ本社工場に隣接する博物館に足を運び、ポルシェの魅力に迫ってみた。

[松田雅央,Business Media 誠]

著者プロフィール:松田雅央(まつだまさひろ)

ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及び欧州の環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」、「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ


 クルマに対するドイツ人の思い入れは深い。

 土曜日になるとパパはマイカーの洗車に余念がなく、クルマを溺愛する男の姿を皮肉った「クルマはドイツ人お気に入りの子供」という俗世間のことわざまである。価値観の多様化でクルマへの偏愛傾向は薄れてきたように思うが、ステータスシンボルとしての高級車の価値は健在だし、今も多くの男の子が「夢は自動車工場で働くこと」だという。

 ドイツ車の中でも別格の人気を誇るのがポルシェだ。今回はシュトゥットガルトのポルシェ本社工場に隣接するポルシェ博物館を取材し、ポルシェの魅力に迫ってみたい。

始まりはハイブリッド

 1900年に開催されたパリ万国博覧会に、時代を先取りした電気自動車のプロトタイプが出展された。後にクルマの設計事務所を立ち上げる若き技術者フェルディナント・ポルシェ(24歳)が製作したクルマは、前輪のホイールにモーター(計2.5馬力)を内蔵し最高時速50キロを出すれっきとした電気自動車であった。

 当時は電気モーター、ガスエンジン、ガソリンエンジンの発展が著しく、自動車の大衆化を前にいずれの動力が主流となるか試行錯誤の時代だったようだ。ポルシェは同年にガソリンエンジン+モーターのハイブリッド車「Mixte」(ミクステ)の量産を始めている。ハイブリッドカーの歴史はそこから始まったと言えるだろう。

 ポルシェが独立して設計事務所を設立したのが1930年代初め。事務所が初期に手掛けたクルマの中で最も有名なのは、カブトムシの愛称で知られるフォルクスワーゲンの初代ビートルである。第二次世界大戦の影響で本格生産は戦後にずれ込んだが、愛嬌(あいきょう)のある流線型フォーム、抜群の耐久性と経済性で人気を集め、実に累計2150万台が生産された驚異のロングセラーである。

 ポルシェ自社生産車の元祖は、1939年、ベルリン−ローマレース用に製造されたプロトタイプ「Typ64」だ。Typ64のデザインの評判は「地味」「お粗末」と芳しくなかったが、それはひとえに時代の先を行き過ぎたためではないだろうか。

 33馬力、最高時速130キロ、厚さ1.5ミリの軽量アルミボディー。スポーツ車でありながら量産を視野に入れたTyp64は、未来の視点を備えた歴代ポルシェ車の原点となっている。博物館の展示コース第1番目に置かれている白銀アルミボディー(複製)のデザインは70年を経た今も十分魅力的だ。

yd_matuda1.jpg ポルシェ「Typ64」(ボディー/複製)。1939年に製造されたこのクルマが、全ポルシェ車の原点
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