柴田文江デザインの美しきリモコン、地デジ版SPIDER PRO(9/9 ページ)

» 2011年05月17日 21時17分 公開
[林信行,エキサイトイズム]
エキサイトイズム
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変貌しているモノづくりのあり方

――SPIDERのデザインの方針を固める上で苦労したのはどんな辺りでしょう?

柴田 SPIDERは実際にすごいことができるので「専門的」というイメージも必要だけれど、今後、コンシューマーにも売っていきたいということなので「これは私向けのモノじゃない」と思われるわけにもいきません。また、大手家電メーカーの製品のように平らなものにしちゃうわけにもいかない。その辺りのバランス感覚がすごく難しかったです。すごく分かっている人達が便利に使っている道具が、自分たち向けに降りてきたんだ、っていうのを出さなければならないなと思いました。

――SPIDERが、これまでになかった製品というかサービスという部分もありますが、PTPさんが大手家電メーカーではなく、ベンチャーであるという辺りで、これまでとやり方を変えるところはありましたか

柴田 会社がベンチャーで製品出荷の規模も小さいことを考えると、頑張って一般に流通している一流のモノ、ちゃんと信頼できるモノっぽくつくろうとしても、秋葉原で並んでいる自作パソコンのような仕上がりになってしまいがちです。ただ、そうなってしまうとプロ用の製品っぽさがなくなってしまう。そのころ合いをどうプロダクトで表現するかっていうのが難しかったです。

 有吉さんに、大手家電メーカーがやっているような作り方はできない。蒸着法とか、そういうところで競うのはやめた方がいいといったんです。それでいて、見劣りしないレベルでモノをつくるためにも、本体はあまり無理せずにブラックアウト(見せないようにする)させた方がいいって提案したんです。そして、その分、予算が余るから、それをリモコンに回そうと話しました。ただ、リモコンを新規につくるのって大変なことなんですよ。なので、それを引き受けてくれるってすごいことだなって思いました。要するに一流加減をどこに置くかという考えですね。一流なんだけれど、平らではない製品を目指しました。

――ベンチャーなりのハードづくりのアプローチというところですね

有吉 私は今回、つきつめて究極のモノができたら、もうカタチは変える必要ないって思うんですよ。

柴田 モデルチェンジって、そもそも機能が変わらないと必要ないんですよ。でも、今ではモデルチェンジのためのモデルチェンジ、あるいは売り場のためのモデルチェンジになっている製品が多い。もう、そういう状況が20年以上続いちゃっていますよね。

有吉 20年ですかね。もっとじゃないですか? そもそも僕らは、ハードをつくっているけれど、ハードのメーカーとはビジネスモデルも違います。今回、記者発表会で、「2011年末に出すコンシューマー版はスペックを落として安い価格で出すんですか?」って質問した方がいるんですが、僕は「その発想自体がレガシー(過去の遺物)です」って答えたんですよ。

 僕らはハードをつくっているメーカーじゃなくって、ハート(心)はサービス業です。「テレビをもっと楽しんでもらう」ためのサービスをとことん追及していきます。スペックダウンして動きがカクカクしたり、ガサツな製品になって、愛着がわかなくなって、人々がテレビから遠ざかったりしたら元も子もなくなってしまう。

柴田 そうですね。「スペックを落とした……」みたいな発想って、プロダクトアウトのモノを見ているから出てくる発想なんですよね。

有吉 そうだと思います。だから、今回、あえてスペック表も出さなかったんですよ。「何Tバイトですか?」って「4Tバイトか8Tバイトかって、あなたの生活に関係ありますか?」「じゃあ、10Tバイトになったら急に買うんですか?」ってナンセンスな議論じゃないですか。

――1990年代に、そういったスペックシートからのモノ選びという悪い視点が根付いてしまいましたが、最近はアップル製品の成功にしても、少しずつ脱スペックシート化できているんじゃないですかね

柴田 iPadもそうだけれど、マニアな人も使うし、普通の人も使う。なのに平らじゃない、そういうものってありますよね。そういうのが一番いいのかなって思います。入り口はすごく広くて、中に入っていくとすごく奥が深い製品。新しさがあって、それでいて馴染みやすいっていう作り方って難しいですよね。これは自分のテーマでもあって、やはりモノをつくるって、そのモノのトキメキとか、それによって自分自身が昨日よりもハッピーになれそうっていう予感が必要ですよね。でも、それでいて違和感がなく愛着を持てるようにしなければならない。この愛着っていうのは懐かしいっていう要素もあったりすると思うんですが……。その辺りの折り合いをつけるのがすごく難しいんです。SPIDERのコンシューマー版ではその辺りが課題になりそうですね。

――最近のメーカーのモノづくりは変わってきているのでしょうか?

柴田 iPhoneってヘッドフォンのところに、知らない人は「それってスイッチ?」って思うような音量スイッチがついていたりするじゃないですか。それが「今」なんだろうなって思います。それでいて自宅に帰って最新式のAV機器からCDを出そうとすると、ものすごく古くさい20世紀的なスイッチで、押すとウィーンってCDが出てくる。「これって同じ時代?」って思ってしまうことがあります。最新のデジタル製品とかも、今はクオリティの幅が広い。すごく良いものもあるけど、作りのひどいモノもある。今、デジタル系のモノなんて、プロダクトはブラックボックスなんだからGUIで勝負しないでどうするのって思うでしょ。だけど、ひどいGUIのままでいるところが多かったりする。

 ハードのつくりにしても、隙間がコンマ4ミリくらい開いていて、どうやってつくっているかがすぐ分かるような作り方をしている製品とアップルみたいに「これ、どうやってつくっているの?」と不思議になるようなデザインもある。こういうモノが同居している幅の広さが2010年。2010年って恐ろしいって思ったんです。

――デザインをリードしてきたB&Oやライカみたいなところのモノづくりも最近、変わってきましたよね。B&OがみたいなところがiPod対応のクレードルを出してきたり……

柴田 B&Oやライカも、ちょっと前までは自分たちはあの昔ながらのデザインを守っていけばいいんだって思っていたと思うんですよ。でも、アップルの製品とかが「どうやってつくっているんだろう」っていう域に入り込んできているのを見て、だんだんそうは言ってられなくなっちゃったんじゃないかと思います。

 気持ちとしては日本のメーカーを応援したいから、いいものがあったら、いいところを見つけられたらいいと思っているんですが、アップルみたいにコネクターを全部、変えて同じ薄さにするとかって、会社としてそういうことをやってくれないとできないですよね。あのiPhoneとかMacのデザインが、日本でも提案としてはあると思っているんですが、企業としてできない。自分に当てて振り返ってみると、SPIDERは、アップルみたいなことができるかっていうと、ちょっとそれは難しいと思ったんですよ。規模もぜんぜん違うし。だから、違うやり方で精度感とか緻密感を出していく方向を目指しました。

 できる中で最高のモノをつくっていければいいな。そこにデザイナーとしてのスキルを生かしていけるのが重要かな、と思いました。一番、よくないのが「アップルかっこいいな」と、そういうイメージを持ったまま、20世紀型デザインをしちゃうことですね。それをやると、不細工なモノになってしまう。できる範囲を立てて、そこでデザイナーなりの工夫をしていかなければならないと思っています。

 日本のメーカーでアップルみたいなモノができないはずがないのに、できないっていうのは、何かすごい大きな仕組みの部分が間違っているんじゃないかなっていう気もしています。一方で、アップルもそれだけすごいモノをつくったら、それは絶対に売れるんだっていう覚悟を決めてやっている辺りはさすがに凄いですけどね。日本のメーカーは最近、元気がないので、PTPみたいな元気な会社が出てきてくれるのはいいなって思いました。そういうところから発展していくんじゃないかなって思っているところもあります。でも、そのためにもコンシューマー向けSPIDERは成功させないといけませんね。

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