コラム
» 2011年05月17日 08時00分 UPDATE

「半農半X」 ビジネスコンサルタントと、農業と……:家電芸人、徹子の部屋芸人の迷走――テレ朝に学ぶコンサル的発想(中編) (1/2)

筆者が好んで視聴しているテレビ朝日の『アメトーーク』。しかし、企画によっては、当初から微妙に方向性が変わったことによって、バランスを崩しているものもあるのではないだろうか。

[荒木亨二,Business Media 誠]
誠ブログ

 ここ数年、マーケティングに勢いが出てきたテレビ朝日、かなりの高確率でヒット番組を生み出している。「今の視聴者」をひきつける決め手はココだ! という“秘密の法則”を発見したようだが、使い過ぎれば陳腐化し「将来の視聴者」を逃すことになる。戦略修正のタイミングはとっくに過ぎているのだが……。

 →『アメトーーク』はなぜ流行る?――テレ朝に学ぶコンサルタント的発想(前編)

ah_tereasa.jpg テレビ朝日公式Webサイト

家電芸人の誤算?

ah_tereasa2.jpg 『アメトーーク』

 伝説のバラエティ番組になるでのは? と密かに期待している『アメトーーク』。番組のスタート時から見続けており、なかでも家電芸人を初めて見たときの斬新さとインパクトは「ついに笑いもここまで来たか……」と感動を覚えた。思いっきり笑えた企画だから……ではない。芸人が商品の魅力を笑いで掘り下げる“新しいパブリシティー”、その新発想に膝を叩いたのだ。

 “AD”と“PR”。似ているようで質をまったく異にする宣伝戦略にして、マーケティングの“一部”である。この2つの概念には誤解や知識不足がはびこっており、単純に“宣伝すること”と片付けられてしまうケースが多く、明確に分けて考えることのできるビジネスマンは非常に少ない。経営者ですらそう。

 ADとPRは手法・目的・コストなどはかなり異なり、“賢く戦略的に”使えば多方面で効果を発揮でき、様々なシカケも可能となるカネになるフィールドである。話せば長くなるので割愛するが、私が家電芸人において感動したのは“新ジャンルのPR”としてであった。

 私は笑い、そして感動したが、それは一瞬のことだった。人気企画となり続編が始まるとガッカリすることが増え、テレビは付けているものの、真剣に見ることはなくなった。こうした事態はこの企画のスタート時点から織り込み済みであり、「やはりそうきたか……」という無感動な反応だった。家電メーカーが芸人をCMに起用し始めたのだ。

 芸人が自分の愛してやまない家電をマニアックに、熱く語ることに企画の命があり、メーカーを問わずに好き放題にやったことが視聴者の安心と好感を引き出した。特定メーカーを熱心にススメてくる家電量販店のような嫌らしさがないこと、それが大前提。ここに企業色が少し混じり始めたことにより、番組は大きくバランスを崩した。

 第1回放映の時、芸人は東芝だのソニーだの、企業名を呼び捨てにしていた。これは当たり前のこと、我々消費者もふだんの会話でいちいち東芝“さん”やらソニー“さん”やら、企業名をさん付けで呼ぶご丁寧な人はいない。「さん付け」するのは該当する業界関係者、つまりビジネスで何らかの関わりがある場合のみに、相手を敬って使うものである。この珍妙な「さん付け」現象が番組内で見られようになってきた。

 芸人全員が「さん付け」しているわけでなく、また「さん付け」を使う芸人が常にそうしているわけでもない。誰かがあるシーンで突然使ったり、しばらく出てこなかったのに誰かが気付いたように復活させると、その後は「さん付け」が暗黙の了解のように頻繁に使われたり、およそ法則性なく唐突に「さん」という言葉が芸人たちの口から出てくる。

 割合としては「さん付け」は非常に少ないのだが、その不自然な使い方が、家電メーカーに対する“芸人の気遣い”を感じさせてしまう。全員が必ず「さん付け」なら筋は通る。使ったり使わなかったりという微妙な空気が、「芸人とメーカー、もしかしたら何か裏であるのでは?」と詮索をさせてしまう。記憶は定かでないが、昔は多分使っていなかったと思う。微妙に“ビジネスの臭い”が感じられてしまうのだ。

 非常に細かい話である。言葉をどう使おうが普通の視聴者は誰も気にしないのかもしれないが、私は非常に気になる。気になって仕方がない。こうやってうがった見方で番組を見始めると、いろんなほころびが目に付くようになる。

 好き放題に感じられなくなってきた。今年から始まる国策「地デジ」の話題が異様に長すぎたり、特定の製品群に関してのトークを必要以上に引っ張り過ぎたり、芸人の突っ込みが所々で弱くなっていたり……。明らかに笑いの要素が薄れてきており、芸人たちはどこか真剣にPRしているような節がある。

 熱く語る芸人たちの目は冷静になってきている。ときに芸人同士のアイコンタクトが増え、「アナタが今喋っているなら、オレ、ここは黙っておきます……」的な、譲り合いというか探り合いが見え隠れしている。絶妙なタイミングで飛び込むこと、「間」を読むことこそ笑いの最重要ポイントなのだが、その「間」に、何かが感じられる。タイミングを譲ることはよくあるが、それが笑いのためでなく、PRのためになってきているように感じられるのだ……。

 芸人同士、お互いのスタンスやテーマを探り合っているような気まずさが、テレビを通して伝わってくる。こんな風に思っているのは、私だけだろうか? 

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