もちろん、自費出版作家に苦労がないわけではない。自らの本をプロモートするために作家が行う作業は、デジタル時代の行商に等しいものだ。前述のロック氏は、Twitterとブログを駆使して作品の露出を高める。週数百件にものぼる読者からのメールに自ら答えるという地道な活動である。『ザッポスの奇跡』の旧版を自費出版した際に私も同様な経験をしたので、その大変さは身に染みて分かる(もっとも、私の本はロック氏のように商業的成功を収めているわけではないが……)。
我々生活者が、過去の感覚でいうところの「アマチュア・クリエーター」であるブロガーの書き物やYouTubeの動画に慣らされていることも、ロック氏のような自費出版作家台頭の要因の1つだろう。かつては、大手出版社の名前そのものが信頼の印であり、品質の保証であった。ブロガーやYouTubeのアルファ・ユーザーがプロ顔負けの仕事をしている今日では、大手出版社の「お墨付き」はすでに神話と化した。
月収12万ドルに値する読者を持つロック氏は、もはや「無名作家」ではない。映画化や翻訳化の話も舞い込むという。当然、従来型大手出版社からのオファーもあるだろう。だが、自費出版をやめる気はないという。どんな本を書くか、どんなキャラクターにするのか、そしていつ出版するのか……そういった諸々のことに関する「自由」をあきらめたくないからだ。
どんなものを、どんな風にマーケティングしたら売れるのか。それが、プロの供給者(製造業者、出版社、音楽レーベルなど)だけの秘密であった時代は終わったことを実感させる話である。そして、それは出版業界に限った話ではない。「売り手」と「買い手」が存在するいずれの市場にも、今後、同様のことが雪崩のように襲ってくるだろう。(石塚しのぶ)
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