コラム
» 2011年04月26日 08時00分 UPDATE

相場英雄の時事日想・震災ルポ(1):大津波で崩れ去った石巻市――そこで見たものは (1/5)

津波で崩れ去った宮城県・石巻市――。友人からは「こっちは地獄だ。覚悟して来い」と言われたが、足を運ばずにはいられなかった。現場は一体どうなっているのか。生々しい傷が深く刻まれていた街の姿を、写真を交えて報告する。

[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 3月11日の午後、筆者は仕事場の本棚から崩れ落ちる大量の書籍から身をかわし、テレビをつけた。まもなく緊急災害特番が流れ、東北の沿岸地域に大津波が押し寄せる瞬間が映った。あぜんと画像を眺めるうち、筆者の頭の中に昨年頻繁に訪れた港町、石巻の情景とそこに暮らす友人たちの顔が浮かんだ。

 震災発生後の約1週間、彼らとの連絡が途絶えた。何度か現地に行こうと試みたが、被災地でのガソリンの手当てなどさまざまな障害で断念せざるを得なかった。ようやく筆者は、震災後約1カ月後の4月9〜10日の両日現地に入ることができた。小説の舞台に選ぶほど好きになった街、そしてそこに暮らす人々が今なにを感じているのか、たどってみた。

 →誰のための取材なのか 大手メディアと石巻日日新聞の違い

息をのむ

 筆者は、在京の友人T氏(石巻市出身)とともに自家用車で4月9日午前2時に東京を出発、東北自動車道を経て一旦仙台市宮城野区に立ち寄った。T氏の実家は津波に飲まれてしまったため、姉の住む同区にいったん支援物資を降ろし、ここを拠点に避難所回りをするというT氏と別れた(この友人については、後にさまざまな場面で触れる)。

 同区は7日に震度6強の余震に見舞われたばかりであり、道路の至る所が陥没。信号が点いていない交差点も多く、大都市・仙台も被災地なのだと痛感した。

 仙台を発ったあと、三陸道の石巻港ICを経て、午前9時前に石巻市に入った。折しも雨脚が強まり、市内の道路やすれ違う車両のほぼ全てが泥まみれだった。市内中心部に向かう道路の両脇、特に小さな河川の川岸にがれきが目立ち始める。やがて、市街地に向かう交差点に差し掛かると、渋滞にぶつかった。先を見ると、雨具を着た警官が手信号で誘導している。筆者はふと助手席の窓に目をやった。すると、店舗脇の空き地に不自然な形で放置された乗用車があった。

yd_aiba1.jpgyd_aiba2.jpg 石巻市中心部、立町周辺(左)、石巻市中央通り付近(右)

       1|2|3|4|5 次のページへ

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

注目のテーマ