3月31日の卒業式――福島県相馬市立磯部小学校東日本大震災ルポ・被災地を歩く(2/3 ページ)

» 2011年04月11日 09時00分 公開
[渋井哲也,Business Media 誠]

 3月31日、再び「はまなす館」を訪れた。ロビーにはたくさんの子どもたちの笑顔があった。11日の震災以来、同級生が集まるのは久しぶりのことだ。

 当時、学校を早退して、家で寝ていた時に地震にあった曵地有理さん(12)は「いろいろなものが流れたけど、みんな耐えてよかった。友達に会えてうれしい。でもこの先、どうすればいいんだろう」と不安そう。寺島有華さん(12)は学校から帰宅中に地震にあった。家に帰ると、津波に備え家族みんなで高台に避難した。「ただ呆然と津波をみていました。いまは親戚の家にいます。今日はみんなと会えてよかった」。寺島豪くん(12)は「もう、嫌なことばかりだよ」と私に近寄ってきた。そして「津波がきた磯部にはもう住みたくない。最近はよく波に飲み込まれる夢を見るんです。でも、相馬には住みたい」と話した。

子どもたちが住んでいた相馬市磯部地区。ある子どもは「磯部は何もなくなった」と話していた

入学式は中止、学校再開のめど立たず

 避難スペースとして利用していない実習室に集まった磯部小学校の卒業生は、年度末のこの日、ようやく卒業を迎えることができた。しかし、相馬市では小中学校の入学式は中止。学校再開のめどは立っていない。

 同校では3月23日に卒業式を行う予定だった。しかし震災があり、延期となっていた。卒業生32人のうち26人が出席し、ジャージ姿の箭内(やない)晴好校長から卒業証書を受け取った。箭内校長は「卒業おめでとうございます。今日来れなかったお友達もいますが、心はみんな一つにつながっている。どうか授かった命を大事にがんばってほしい。みなさんの中学校での夢の実現に向けて応援しています。お父さん、お母さん、地域のみなさんの活躍を心から願っています」などと短めの挨拶をした。

 箭内校長は取材に対し「(今日の卒業式は)子どもたちの中では一つの区切りです。これをステップに生き抜いてほしい。ただ、複雑です。『おめでとう』なのですが、いまだに行方不明の人もいる。大声では言えない。何かやりきれない思いでいっぱいです。しかし負けてはいられない。前に進み出すしかないんです。知恵を出せば、人間は復活できます。ひとつひとつの課題を解決していきたい」と涙を拭きながら話した。

3月31日に開かれた磯部小学校の卒業式。会場は相馬市の避難所にもなっている

 この日は在校生の終業式でもあった。式は在校生の代表が箭内校長から「修了証書」を受け取った。5年生の押山海人君(11)は「小学校で終業式が行われないのは寂しい。みんなバラバラになりたくない」と寂しげな表情だった。「友達に会えてよかった」というのは渡辺智也君(11)。「僕らの時はちゃんと小学校で卒業式をしたい」とも。

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