被災地支援で大切な姿勢とは――阪神大震災でのボランティア経験から(1/4 ページ)

» 2011年03月18日 08時00分 公開
[寺西隆行,INSIGHT NOW!]
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著者プロフィール:寺西隆行(てらにし・たかゆき)

株式会社Z会教材編集部理科課長(兼小学生コース教材担当)。幼児から大学生・若手社会人の教育に携わるZ会で、理科の教材編集に携わる社員のマネジメントと、小学生向け商材の開発担当を担う。前任はWeb広告宣伝・広報・マーケティングなどを担当。大学生の「自分創り」をサポートする株式会社レイズアイ立ち上げプロジェクトメンバー。


 僕は阪神・淡路大震災の時(当時大学4年生)、ボランティアで東京から現地に駆けつけ、1カ月弱滞在しました。

 その時の自らの感情変化や経験を元にしつつ……、「かつて被災者、今部外者」の立場から記事をしたため、ネット上で話題になっている、西宮市議会議員今村岳司氏のブログを引用しながら、被災地支援において大切な姿勢について述べます。

 1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生しました。その時、僕は東京の1人暮らしのアパートにいました。不精な学生生活を送っていたため、起きたのは昼前……、付けたテレビで、大変なことが起きていることを知りました。

 「助けたい」「なんとかしたい」

 瞬間的に起きた感情はこれです。だから、感情に任せてボランティアに向かう人たちの良心を否定するわけではありません(もちろん)。

 しかし、「助けたい」という自分になることで自分の気持ちを満たすこと以上に、本当に、本当に、相手を想う気持ちがあれば、「相手に何ができるか」を瞬間的に考えられる自分でいられるはずです。思いもかけない出来事で飛び出た右脳的感覚を、左脳が抑制する、とでもいいますか。

 「自分1人が行っても無力である。行くと、自分1人分の食事を奪うことになる」

 はっきりと、はっきりと、瞬時にそう思ったことを覚えています。

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。

被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。

統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。

自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。

しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです。(今村岳司氏のブログより)

 2〜3日が過ぎました。毎日のように流れる悲惨な光景。そして、しばらくしたころでしょうか、ぼんやりとしか覚えていないのですが、テレビから流れる画像の雰囲気が急に変わったような気がしています。

他人の絶望をエンタメにすることしか考えていない無神経なテレビを見ていると、記憶の中で彼らは解凍され、また腐臭を放つようになってしまいました。(今村岳司氏のブログより)

 被災地の悲惨な状況を届けるのも、マスメディアの1つの役割かと思います。しかし、「それだけ届ける」のが使命ではありません。特に、残念ながら常日頃「視聴率競争」にさらされているテレビ業界の人たちは、どうしても他人の絶望を無意識的にエンタメとして扱いがちです(本人たちは良かれと思ってやっている場合もあります。だから「無意識」なんです)。

 被災地のみなさんの状況を、多くの人々の意識の中に組み込み、ずっと継続させておく……。いわゆる「風化させない」努力は、マスメディアにはぜひお願いしたいと思います。そしてその一方で、記事を扱っていることが、自らのエンタメ意識からきていないかどうか、常に自分自身に問いながら、記事化してほしいのです。

被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがないのです。

分かるわけがない相手に分かったようなことを言われたりされたりすることこそが、相手に「被災者の気持ちなんて結局誰も分からない」を痛感させます。

とにかく、自分にできることなど何もないことを受け入れることが必要です。

「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。(今村岳司氏のブログより)

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