ギネス認定! 世界最古の宿が人気である理由――――西山温泉慶雲館52代当主・深澤雄二氏(後編)嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(5/6 ページ)

» 2011年02月25日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

政治家として外の世界ともパイプ

 深澤さんは早稲田大学時代、森喜朗元首相と同じゼミに所属し、現在に至るまで友人としての付き合いが続いているという。そんな深澤さん自身も、実は政治家としての長いキャリアを有している。

森喜朗公式Webサイト

 「30代後半に早川町の町議会議員になりまして、その後、町議会の議長を8年間務めました。やがて山梨県の町村議長会の会長に就任して2年間務め、次に関東町村議長会の会長になりました」

 こうして外とのパイプを常に持ち、絶えず外気に触れてきた深澤さんだからこそ、温泉宿経営者がしばしば陥る視野狭窄(きょうさく)になることもなく、山梨県の中で、温泉業界の中で、そして日本全体の中での慶雲館の過去・現在・未来を的確に把握することができたと言えるだろう。

 個人客をターゲット層にすえ、全37室、客単価2万5000円で、年商は7億円、年間宿泊者数が2万8000人という慶雲館。

 山奥の温泉宿は一般に、紅葉シーズンや夏休みは混むが、冬場は客足が遠のくなど季節性が高いものだが、慶雲館の全シーズンを通じての平均値を出してみると、1日平均宿泊者数は約77人となる。1部屋2人で宿泊すると仮定すると毎日満室ということだ。もちろん実際には、1部屋にもっと多人数で宿泊するケースは多いし、季節変動も免れないのだが、それでも深澤さんのかじ取りで堅調な経営となっていることは明らかだろう。

“不便さ”が強みなんです

 慶雲館にとってのメタ・コンピタンス(基幹能力)について聞いてみた。

 「湯の力と不便さです」

 深澤さんの答は明快だった。湯の力については詳述した前編を参照願いたいが、不便さについては触れる必要があるだろう。慶雲館を中核とする西山温泉エリアは、フォッサマグナの西縁、糸魚川静岡構造線の直上に位置し、落石や崩落が絶えず、交通規制や途絶もあるなどアクセスが悪く、まさに天然の要害である。

客室からはフォッサマグナの裂け目が見られる

 日本中が温泉ブームになるや、全国の温泉地には「温泉でひともうけしよう」という野心家たちが殺到し、結果として温泉資源の枯渇などの問題を引き起こしたわけだが、このエリアにはそうした人々が殺到することはなかった。自然の厳しさが彼らの侵入を許さなかったと言えよう。

 そして一方、来館客から見れば、“秘湯”という名の観光地があふれる現代日本にあって、このエリアこそが、真の秘境を満喫できる希少な場所と言えるのだろう。「旅行の目的は非日常。それを味わうためには、アクセスするのに多少の距離はあるべきではないでしょうか。もちろん、旅館にチェックインした後に不便さを強いるのはダメですが」と深澤さん。そういう意味で、この不便さはメタ・コンピタンスの1つと評せるわけだ。

 では、どんなに環境が変わったとしても慶雲館として絶対に変えてはいけない不変の対象は何なのか? そして、環境変化に即応して、非連続・現状否定型で変えないといけない革新の対象は何なのだろうか?

 「不変の対象はアナログなホスピタリティ、そして日本旅館としての伝統的な“和”“木”というファクターです。それに対して、革新の対象は、ハードの更新とバックヤードです」

 メタ・コンピタンスや不変と革新について、これだけ明快かつ的確に答えられる経営者は珍しいが、深澤さんが革新の対象として挙げたハードとバックヤードの問題は、そのまま戦略課題にもつながってくる。

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