都条例より恐い“自主規制”……「表現の自由」は内側からも崩れる相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2011年01月06日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 過激な性描写を盛り込んだ漫画販売を規制する「改正青少年育成条例」が12月の東京都議会で成立したのはご存じの通り。小説や漫画原作の執筆を生業とする筆者は、同条例に明確に反対する。言うまでもないが、同条例が販売規制に名を借り、表現の自由を冒すことにつながると危惧するからだ。また、こうした条例が成立したことで、出版業界内部で事なかれの“自主規制”が強まることへの危機感を抱いている。

コンビニ対策

 「この見開き、差し替えだ」――。

 数年前、ある青年誌の人気作品の監修を担当していたときのこと。筆者は経済事件の解説、ストーリーへの練り込み、セリフの確認作業などを任されていた。このため、毎週手元に漫画家さんが描いたネーム(漫画の下書き)が送られてきた。ある日、送付されたネームには編集部幹部によるこんなメモが添えられていたのだ。

 問題のページは、主人公とサブキャラクターが絡むラブシーンだった。下書き段階では、両者の感情の高ぶりを表現する紅潮した顔、それとともに情緒的な風景が2ページの見開きで展開される予定だった。

 もちろん、過激な性描写などではなく、女性キャラクターの上半身が軽く露出する程度のものだった。だが、当時「某コンビニエンスチェーンから『裸』のシーンをなるべく減らしてくれるよう、内々のお達しが出ていた」(元編集部員)ことから、件の見開きは編集部幹部の指示通りに差し替えを余儀なくされた。

 「一般青年誌の売場から成人指定棚に移動させられたら、売り上げがガタ落ちになる」(同)ことから、担当編集者は同社幹部とともに漫画家さんを説得し、ネームの差し替えに至ったわけだ。

 今回の条例の対象となる、刑法に触れる性行為や近親間の性行為を不当に賛美したり、誇張するように描写している漫画が多数発行されていることはもちろん筆者も承知している。ただ、コンビニ、あるいは一般書店でもこうした作品は成人指定がかかっており、あえて新たに規制を設ける必要はないと筆者は考える。

 件の“コンビニ対策”でもこのような状態なのだ。今回の都条例の成立を受け、先々、出版社内部で条例を念頭においた事なかれ主義がはびこり、作品を作り出す漫画家、あるいは作家のやる気を削ぐことが目に見えない損失につながると筆者はみる。

 他府県の動向はまだ不透明だが、東京都の条例に倣ったような動きが出てこないことを筆者は切に願っている。

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